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22才の別れ

映画「22才の別れ」を見た。
友人から、40代にはぐっとくるよ、と聞き
一人でそっと観にいきました。
周囲を見渡すと、同世代が多く、ほとんど一人。

この映画の監督は大林宣彦で、
伊勢正三のヒット曲からイメージして作られた作品。
舞台は高校時代(大分)、大学時代(東京)、現代(福岡)。

主人公は福岡に赴任している43才の独身男性。
リストラか上海赴任でエリート街道に残るかの
人生の選択を迫られているところに
苦い別れをしたかつての彼女の娘と偶然の出会いが。

22才の誕生日に別れた彼女は
故郷で結婚し、出産の時に急逝。
彼女がいつも口ずさんでいたのが「22才の別れ」。
そして、娘は22歳を迎える・・・

因果は巡る、みたいな話。
東京での貧しい下宿生活のシーンが身に沁みる。
高度成長期で華やかなだったような錯覚があるが、
記憶のフタを開けると、いつも金欠だったし。

世代論の映画でもある。
団塊の世代、ポスト団塊、60年代生まれ、
そして現代の若者(80年代生まれ)が絡み合う。
そして作った監督は、戦前生まれの来年70歳。

この映画、世代の違う人と見るのはつらいと思う。
見終わった後、一人でよかった、と思った。

ところで、三浦友和が立派に?さえない中高年役。
高校生の頃、友和派と草刈正雄派に分かれるくらい
アイドルだったのに・・・。これもぐっときました。
青春時代ははるか遠く。

江戸の月

母親が久しぶりに横浜に戻って来て、
所用があるというので百貨店で食事でもと思ったが
昨日は中秋の名月であったので
浜離宮にお月見に出かけた。

最寄の汐留駅で待ち合わせねとメールして、
新橋駅の京急で泉平のいなりと、
米八の松茸おこわ弁当を購入し、
慌ててゆりかもめに飛び乗る。

どこにいるの?
お互いに探すが会えない・・・と思ったら
母は新橋駅の汐留口にいるという。
会えたと思ったら浜離宮まで迷ってしまい、足が棒とぶうぶう。

ようやく大手門から入場。
徳川6代将軍家宣が植えたという「300年の松」の上に
中秋の名月がぽっかり浮かび、ご機嫌がなおる。
仕事帰りの人たちが、月明かりの中そぞろ歩き。

汐入の池にかかる橋を渡ると、魚が飛び跳ねる。
左手を見れば青い月、右手をみれば高層ビル群。
どちらも圧巻。母は携帯でパシャパシャ写真を撮ってた。
らくらくホンなのでちょっと画質が悪いが、満足そう。

池のほとりで、お弁当を開く。
いつのまにか野良猫が足元に。
やせほそった身体で見上げられると辛いが、
食べ物はあげないよ。プイとそっぽを向いて去って行った。

浜離宮は、この期間(~10月1日)
夜9時まで開園してライトアップしている。
最近はもっぱら洋風の庭が多いが、
日本の名月にはやっぱり、和風の庭園が合う。

からだが欲するお茶

残暑もようやく終わりつつあり、
やっと秋らしくなってきた。
虫たちも、安心したことだろう。

暑い夏の間は、カモミールやミントのティー
アールグレイやジャスミンの入った紅茶など
大きなガラスポットに無造作に入れて、
お湯を足してはがぶがぶ飲んだ。

台湾茶や中国茶、日本茶はご無沙汰気味。
ところが、秋風が心地よくなった途端に、
美味しい台湾茶が飲みたくなった。
夏の間しまったままだった茶壷を出して。

まずは東方美人から。
翌日は文山包種茶、次は鉄観音・・・
台湾の銘茶と再会を果たしていく。
ああ美味しい。心と体がほっとする。

今日は中秋の名月。
月餅買って帰ろう。

ここはナパバレーか?プロヴァンス?

ワイナリーは今、ぶどうの収穫の季節。
飲んでばかりいないで、
収穫の苦労や喜びを味わいましょうと、
伊豆ワイナリー シャトーT.Sに季節労働に。

健全な経営をするためには、
健全な精神と身体を保つことが必要。
自然体験を通して健全な精神を養おうと、
経営者を中心に、約20名が集まった。

夕方ホテルに到着すると、まずは温泉で禊。
そして、楽しみの懇親会では
今年国産ワインコンクールで金賞を受賞したという
2006志太シュールリー(辛口白)をいただく。

シュールリーとはワインの作り方の一つで、
オリを残したままタンクで貯蔵。
さわやかですっきりとした飲み口。
地元の素材を活かした和食に合う。

翌日は、朝6時半にロビーに集合し、
寝ぼけまなこで、朝もやのワイン畑へ。
私たちのために残していただいたシャルドネが2列。
軍手にハサミ、カゴを持ってそれぞれぶどうと対面。

朝のうちに摘むのは、
収穫したぶどうの温度が上がるのを防ぐため。
新鮮なぶどうは、摘まれた傍から、
皮についた菌で発酵をはじめるのだ。

ぶどうのふさに手を添えて、蔓にハサミを入れていく。
傷んだ部分を取り除き、やさしくカゴに置いていく。
ぶどうを味見していいですよ、と言われ口に含む。
酸っぱいのかと思ったら、甘い甘い。

約1時間、ひとり一カゴくらい収穫したら、
畑の間にしつらえたテーブルで朝食。
オーナーの祈りの言葉に全員で黙とうした後、
シャンパンで乾杯!カントリーなカルテットの演奏付き。

おむすび、豚汁におしんこ、クロワッサンや新鮮なサラダ、
炭火で焼いた地豚のソーセージやベーコンなど。
秋にしては太陽の陽射しが強すぎるが
なんて贅沢なひと時。映画のシーンのひとコマのようだ。

食事を終えたら、ワイナリーの前の
食用のぶどうをお土産に一房ずつ自分で摘む。
欲張って一番大きいのを選ぶ。
見渡せば、向こうに朧富士が浮かんでいる。

ああ、こうして美味しいものを飲食し、
美しい風景をながめられることに感謝。
労働とは名ばかりの、束の間の贅沢な自然体験で
心と体が洗われたのであった。

迫力の経営

所属する経営者団体NBCの定例の交流会で、
凄い経営者のお話を二日続けて拝聴しました。

セガサミーホールディングス株式会社
代表取締役会長兼社長 里見治氏

株式会社エル・インターナショナル
代表取締役社長 レイコ・B・リスター氏

業種も経営手法も全く異なるおふたりですが、
共通しているのは、

・スラリとスタイルがよくおしゃれであること
・いつも語れる未来の夢があること
・業界を代表する立場であるのにえらぶらないこと

そして、経営者として迫力があるということです。

里見社長は、エンターテイメントの世界に
レイコ社長は、外資化粧品ブランドの世界に
それぞれ40年以上関わってきたとのこと。

長年のキャリアで積み重ねた
知識、経験(失敗と成功)、人脈、潮の見方などの
自信が輝きを放っているのです。

私も会社を創めて25年たち、
長すぎると鮮度が落ちるのではないか、
そろそろ潮時か、などと考えることもありますが

昨夜と今朝と、お二人の凄い大先輩の話を聞いて
私なんてまだまだヒヨッコに過ぎないと
なんだか恥ずかしくなると同時に、
まだがんばっていいんだ、と勇気が湧きました。

同席していた同世代の社長たちは
同様のことを感じてたようです。

長い長い1本道を、
走ったり歩いたり、スキップしたり。
時には道端で休んだり。
楽しみながら歩いていきたい。

そして私たちも20年くらいたったら、
後輩たちに勇気と知恵を与えられる
そんな人間に成長したいものです。

彼岸花

彼岸花を見に行こうと思ったのは、
その日の朝の夢のせいだった。

新幹線小郡駅(現在は新山口駅)に降り立った私は
山口市内の友人を訪ねようとバスに乗った。
しばらくして、そのバスが山口市内ではなく
故郷の萩に向かう特急バスであることに気づくのだ。

あら大変、慌てて降りるとそこはすでに峠の上。
道こそ舗装されているものの、行き交う車も見当たらない。
どうしよう、道ばたで膝を抱える。
今度バスが通りかかったら、何でもいいから乗ろうか。。。

自分のとるべき方法について
うんうん悩んでいるところで目が覚めた。
しばらく布団の中で、どうすべきかと続きを考えたが
無駄なことと気がついたら、夏の暑さがぶり返してきた。

はて、どうしてこんな夢を見たんだろう。
私がこっちにいるうちに、一度帰ってきたら、と母。
無理だよ、時間がないし費用も馬鹿にならないし、と私。
そういえば、そんな会話を前日にしたのだった。

ところで私は、父の命日をすっかり忘れていた。
それは21年前の秋。何度か故郷を行き来した。
小郡から萩へ向かう峠の道には、鮮やかな彼岸花。
彼岸花を見ると、あの年の秋を思い出す。

そんなことを蒸し暑い布団の中で考えていて、
そうだ、彼岸花を観に行こう、
彼岸花を眺めながら、せめて父を思い出そうと
ひとりで西武線に乗って、巾着田に出かけた。

最寄の高麗(こま)駅は、想像以上に田舎の風景。
彼岸花が群生すると言う高麗川の水はキラキラ。
水辺には家族連れが涼を求め、
犬が気持ち良さそうに泳いでいる。

彼岸花は残念ながら、まだ一分咲き。
すくっすくっと茎が伸び、先っぽに花の赤がのぞいてる。
見ごろはやっぱり、お彼岸の頃のようだ。

彼岸花。別名「曼珠沙華」は、梵語で天上の赤い花。
学名はリコリス。ギリシャ神話の美しき海の女神の名。
花が散った後に葉が現れるのだそうだ。

お父さん、彼岸花はまだあまり咲いてなく
真夏のようにあまりに暑い1日だったので
あまり想いも湧きませんでした。ごめんなさい。
途中、茹で栗を買って、食べながら河原を歩いた。

シャングリラⅢ

ユーミンのコンサート「シャングリラⅢ」に行った。
代々木体育館アリーナ中央に360度のステージ
天上にはなにやら大掛かりの仕掛け。
客席4隅には、骨の化石のオブジェ。

どきどきしながら開演を待つ。
わたしたちの世代にとって、
ユーミンは青春であり、憧れなのっ!
会場の客層はかなり幅広い。

暗闇のステージに現れたユーミンは、
ロングドレスに身をまとい、
ピアノを弾きながらしっとり歌う。
なんだか元気がない?

しかしそれはイントロで、テンポよく曲が続く中で、
相変わらず抜群のスタイルをさらし
長いらせん階段を駆け上がったり駆け下りたり、
サーカスと一緒に空中を吊られたり。

そして今回の見所は、シンクロとサーカス。
シンクロの女王、ヴィルジニー・デデューと武田美保、
ロシアの選抜シンクロチームの動きは
まるで魚が水を撥ねているよう。

ロシアのサーカス団やダンサーの動きも優美。
ステージがサーカスの舞台になったり
瞬間的に水槽になったり、びっくりだ。

さすがに知らない曲のほうが多かったが
目は舞台に常に釘付けなので気にならない。
ユーミンももう立派な中高年だから、
大掛かりなコンサートはもう難しいかもしれない。

ストイックに絞り込まれた体のシルエットを眺めながら
私もユーミンの年齢まではがんばろう、
といつも励まされるのである。

250年前のお酒

私のブログ、ノンベネタばっかりだ。
かなり飲んでますね、
と最近初対面の人にまで言われた。

最近は反省して、
・休肝日をいれること
・不純物の少ない良いお酒を飲むこと
に気をつけているつもり。

ところがその結果、ますますお酒にこだわりが。
これって、ダイエットを意識すればするほど、
よけいに食べてしまうのと似ている。

新潟の知人(このわた探してくれた人)も
私のブログを見てあきれながらも
珍しいお酒、飲んでみます?
と、さらにお酒を進めてくれた。

上原酒造「鶴亀諸白(つるかめもろはく)」

江戸時代は宝暦年間の古文書をもとに
古式生酛(キモト)製法で作ったお酒。

生酛とは、櫂入れという作業を繰り返して、
自然界に存在する乳酸菌を取り込んで、
酵母を大量に培養する作り方。

5年間の試行錯誤のうえに出来上がったこのお酒、
含まれるアミノ酸や乳酸が通常の酒かすの7倍という。

盃に注ぐと、黄色くてトロッとしている。
口に含むと甘酸っぱいが、しつこい甘さではない。

どちらかというと、食前酒や食後酒にいい。
氷を入れて、薄めながらのんでもいい。

そういえば、ビッグコミックスで連載中の「蔵人クロード」では
老杜氏に習って生酛での酒造りに成功するが、
黄色く変色した不良品の酒と誤解され返品される。

確かに水のようなお酒が流行った時期も。
しかし
お酒はもともと黄色っぽいもの。
炭を通すことで色をとる、
そのとき旨みまで取っっちゃうんだそうだ。

鶴亀諸白は、見るからに栄養たっぷり。
生きてる乳酸菌で作られたお酒だから、
ありがたくいただかなくてはと思います。
(といいつつ、もうなくなった・・・)


このわたの幸せ

私の好きなもの。たくさんあるけど。
死ぬ前にひとつだけ、と言われたら・・・
やっぱり、あ・わ・び。

カラからはずして切り刻む前に
ほんの少しでいいからそのままかじりたい。
思いっきり堅いのがいい。

その次に、と言われたら、うーん絞れない。
口にするとしみじみ幸せを感じるものは
いろいろあって、ホヤとかアボガドとかブルーチーズとか。
珍味系に価値を感じる。

最近幸せを噛み締めているのは、「このわた」。
知らない人、結構多いらしい。
このわた=ナマコのはらわた、の塩漬けだ。

子どものころ、父が晩酌のとき
大事そうにちびりちびり口にしていた。
そのときは、美味しくもないし見た目にも???で
大人は変なものを食べると思った。

それが一体いつから美味しいものに変わったのか?
飲み屋で注文すると、ほんのちょっぴりで、たっかいし
そもそもあんまり置いてない。
デパートで買えば、50gで5000円くらいする。

海に近い故郷だったら、安くて美味しいかな、
と思って母に探してもらったが、売ってない。
最近はお店も作らないらしいよ、と母。

ところが、新潟の人の紹介で、佐渡で見つけました。
50g1400円。安い!早速お取り寄せ。
フタを空けて取り出すと、1本がびよーーーん。
それをちいさく切って少しずつ口に。

あ、あ、あ・・・。美味しい。。。
お酒のおつまみにも、温かいご飯にも。

娘がグロテスクなものを見るような目で見る。
ええ、ええ、食べなくて結構です。
もったいないから、できれば独り占めしたい。

最近忙しくて疲労が抜け切らず
ストレス解消でグルメに走っている。
危険な兆候・・・

我らの未来は

週末は幕張のホテルニューオータニで、結婚披露宴に出席。
新郎新婦は、農業関連のNPO法人の代表と、
環境と交流を目的にセンスの良い活動をしている女性、
いわば今注目の社会起業家カップル。

ともに千葉県出身の20代の若いふたり。
社会起業家同士が知り合ったというよりは
お互いに影響しあってそれぞれ社会貢献の道に進んだらしい。
今後は彼の実家のある九十九里に活動拠点を移すそうだ。

若くて元気な横芝光町の町長さんや
合鴨農法で完全無農薬に取り組む農業家、
インターンシップでお世話になった渋谷のIT起業家など
純粋に目的に向かって突き進む方々と同席で刺激を受けた。

そして週末に観た映画2本。
ひとつは、アメリカの医療問題を取り上げた
マイケル・ムーア監督のドキュメンタリー。

SiCKO(シッコ)

マイケル・ムーアについては見た目から
ひねくれた皮肉屋という偏見をもっていたが
すみません、ひねくれていたのは私です。

国民皆保険のないアメリカ合衆国では、
医療をめぐって悲惨な現状があるという。

9・11で遺体の収容などにボランティア参加、
以来、呼吸器官を傷めて療養中の女性は
ボランティアのため、基金の補助も受けられず
職も失いお金も底をつき、失意の毎日。

豊かな中産階級の老夫婦は、
これからゆったり余生と思っていたところ
夫婦で癌に罹患し、医療費がかさんで破産。

目を覆うような悲惨な事態は枚挙に暇がない。
これが我らがアメリカ?監督は、外国の状況を調べに行く。
イギリス、フランス、キューバ・・・
そしてますます米国の惨状が浮き上がる。

米国で14000円払っている薬がキューバでは6円!
驚愕し、失望に泣き出す女性に思わず胸がつまる。
そして恐ろしいのは、日本の未来の医療の姿が
米国の現実にあるということ。鳥肌がたつ!

恐怖映画を見た後は、お口に直しに

プロヴァンスの贈り物

ロンドンのバリバリトレーダー。
伯父さんが亡くなってワイン畑を相続することに。
高く売り飛ばしてしまおうと目論むが、
さまざまなハプニングのうちに、人間性を取り戻し・・・

夢のような話。大人のおとぎ話。ありえなーい。
明るい太陽、葡萄畑、テニスコート。
南フランスに行きたくなる映画。
現実逃避したいときにおすすめ。

しかし我々の未来は、シッコにあるんだな。

ところで本日安倍総理が辞任を表明。
残念なことであります。

ニンニク醤油

マイブームはニンニク醤油。
ニンニクの皮を剥いて、醤油に漬けるだけ。
その醤油を、たれとして使う。
漬け始めて1ヶ月たったところ。

きっかけはこの夏、企画界の大御所のホームパーティ。
男の手料理にニンニク醤油が活躍していたこと。
女性向に新ショウガとお刺身の品のよい鍋、
男性向きにモロヘイヤと豚肉のトロトロ鍋。

どちらの鍋も、汁のベースはニンニク醤油。
2年ものというニンニク醤油壷の蓋を開けると
ぷわ~と強烈な香が漂うが
鍋に入れるとニンニクの匂いは気にならない。

この技を盗むには、まずはニンニク醤油を作らなくちゃ、
と思っていたら、愛読しているSHIHOさんのブログ
やさい生活★きれい生活
にも「ゴーヤーのにんにく醤油漬け」が登場!

ああ、ニンニク醤油が呼んでいる。
今年は忙しさにかまけて梅もラッキョも漬けてないので
「漬物」の成長を見る楽しみに欠けている。
せめてニンニク醤油でも漬けよう。

まずはニンニクを買いに行く。もちろん青森産。
国産ニンニクは高い。
ニンニクやショウガなど根っこを食べる野菜は
農薬の蓄積が高いので、品質が大事。

そうして、醤油に漬け込んでから1ヶ月。
ようやく美味しそうな香になってきた。
最近は茄子が美味しいので、
長ナスとキュウリの塩もみにかけたり。

昨夜はスパゲッティ・アーリオオーリオに
ナスとトマトを加えてみたが、
塩を控えめにしたら味が薄すぎるので、
皿に盛ってからニンニク醤油を一さじ。イケル!

私は横着主婦だから、手の込んだ料理はしたくないが
こういう、あっさり素材重視手抜き料理は好き!
昨日ニンニクをもう1個分足した。醤油も少し足そう。
うひひ、来年の夏が楽しみだ。

大型台風9号、上陸のおそれ

台風が東京に近づきつつある。
本日12時現在、八丈島南西140km。
中心気圧865ヘクトパスカル。
今夜未明上陸するらしい。

低気圧がくると、からだのあちこちが不調を唱える。
関節がぎしぎし、動きがぎこちない。
頭がどんよりし、ずっと眠い。

なのに、台風が近づくと興奮する。
暴風雨と知りながら、外に出てみたくなる。
台風のときは、川や海に近づかないように、
と注意されるが、怖いもの見たさはおさえきれない。

私の生まれ育った家は、川の土手下にあったので、
台風のときのダイナミックな川の変化を
いつも目の当たりにしていた。

昔はダムもなく、護岸工事もされていなかったので、
土手が切れて川の水が流れ込むのではないかと
いつもドキドキしながら眺めていた。

なぎ倒された樹木や家の一部と思われる木材が
濁流とともに目の前を流れていくこともしばしばあった。
お花見の名所である河原の桜の木々が根こそぎ流され
翌年コンクリートで整備された。

しかし我が家のあたりの土手は高かったので
実際に浸水したこともなければ、
準備はしても避難することもなかった。
避難できずに残念と言って、不心得だと怒られた。

現在私が暮らす中野区は、
しばしば妙正寺川が溢れて浸水被害が起こる。
我が家のあたりは高台なので幸い被害ないが
駅の周辺は何度も水浸しで、あちこち土嚢が置いてある。

昨年地下に大きな貯水槽ができたので、
川の水が溢れそうになったら地下槽に逃がすらしい。
今朝は、クリーニング屋のおかみさんと、
台風気をつけて、が挨拶代わり。

今夜も私は、自称監視員で水位を確認に行くだろう。
台風の時には皆さん、川のそばに近づかないように。

秋の収穫

9月に入って、あの猛暑がうそのよう。
最高気温25度くらいの爽やかな日が続いている。
生きた心地がして、活動的にプチハイキング。

中野から中央特快で高尾まで。
高尾から中央線下り普通電車でのんびりと
山梨市まで約70kmを80分強で走ります。

各駅停車の旅は、風景の細かな変化が楽しめる。
高尾、相模湖、藤野を過ぎ、
上野原あたりからぐっと山深くなり、清水が流れる。
猿橋、大月あたりで下車し、散策するのも楽しそう、

甲斐大和あたりに来ると畑が開ける。
栗や林檎が青い実をつけ、
収穫を待つぶどうが、たわわにぶら下がっている。

今回の目的地は、笛吹川フルーツパーク
春に見た桃の花の結実を味わいたいところだが、
とき既に遅く、今はなんといってもぶどう!

10時半ごろ家を出て、山梨市駅に着いたのは13時過ぎ。
まずは駅前ののんきばぁーばで腹ごしらえ。
早速、ほうとう、馬刺し、岩魚の塩焼きとビール。

ほうとうは、珍しい武田菱の麺を勧められるままに。
麺が菱型で、ふつうのほうとうよりつるりとして上品。
笛吹川の上流の岩魚も、脂っぽくなく柔らかく美味。

お腹を満たしたら、タクシーでフルーツパークの入り口に。
そこからてっぺんのフルーツセンターまで斜面を登ると
ビールを飲んだせいか、もう心臓がバクバク。
お目当ての新鮮な農作物はあまりなかった。

ちょっと下ると、富士屋ホテル
こじんまりとしたリゾートの佇まいは女性向。
教会前のパティオをちょっとお借りして、
アヴェマリアを聞きながら昼寝。風がそよそよ。

昼寝したら元気が出て、公園内のオーチャードカフェへ。
巨峰の生ジュースと、手作り桃ソースのカキ氷。
さまざまな果肉をブレンドしたソフトやアイス、
3日間煮込んだフルーツカレーも美味しそう。

水分補給をしたら、駅に向かって約3kmを下っていく。
途中、収穫中の葡萄農園をひやかし、味見して葡萄を買う。
幹線の歩道は草ぼうぼうで、蔓草の蔓が延び放題。
その辺歩く人は、まあ観光客だけだわね。

帰りは特急で、あっという間に三鷹。
夕飯は、買ってきた茄子と胡瓜をたっぷり食べて、
葡萄でお腹いっぱいになりました。
秋の実りに、感謝。

インドとタイと中国と

この夏、北京に赴任した友人が一時帰国。
四谷のリトル・インディアで20時半から歓迎会。

20時半スタートとはずいぶん遅いなあと思うけど、
集まった若いキャピタリストや公認会計士たちは
なんとか急いで来ました、ハアハア、という感じ。
みんなよく働くねえ。

ここのインド料理は、日本人の口に合わせてマイルド。
ビールとともに、スパイスふりかけた枝豆の塩茹が登場。
やっぱ夏のおつまみは枝豆でしょう、と店長。

友人のKさんは、ますますきれいになってね、と言って
菊やハイビスカス、バラ、ユリなどブレンドした花茶を
お土産にくれました。心憎いね!謝謝。

8月最後の夜は、骨董通りのタイ式マッサージAsias
バースデー割引20%offの有効期限の最終日。
19時に行くつもりが仕事が終わらず、
20時に息を切らして駆け込む。

アロマはゼラニウムを炊いてもらい、
90分間、じっくりほぐしてもらったが、
体がガチガチに固まってて、伸びない伸びない。
やばい、このままじゃ四十肩(五十肩?)になっちゃう。

帰りにスパイラルビル地下のCay
シンハービールとトムヤンクン。
これでほんとうに、夏の夜も終わり。

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