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去り逝く友たち

先週は、なんかとても気分が重かった。
週明けてもまだ疲れが取れてない気分。
なにがそんなに重かったかなあ・・・と考えるに
友人の訃報がこたえたのかもしれない。

先週の前半、ご遺族から電話をいただき
事故で亡くなったのを知った。
すでにお葬式は終わり、
急なことでお知らせできなかったから、とのことだった。

10年位前に知り合い、いろいろお世話になった。
一時期は交流も頻繁だったが
彼がフリーになってからは、1年に1度会うかどうか。
今年の年賀状にも、一度会いましょうと書かれていた。

今も続いている仕事の中には
彼の紹介で始まったものもある。
私もいつかお返しを、と思いつつ
なにもできないうちに逝ってしまった。

人は突然消えてしまう。
ほとんどつきあいがなくて、
でも頭の片隅には残っていて
いつかゆっくり会えるかな、と思っているうちに

シャボン玉のように消えてしまう人々。
私はいつ、消える運命なのだろう。

享年43歳。これからだったのに。
心残りだろうな。
それとも楽になったかな。

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コメント

田子さんの心の痛み、我事の如く解ります。僕は4人の親の死別に直面していません。実父は、僕が20歳の時に事故死です。でも、生前から関西に出張すると、必ず親に元気な顔を見せていましたし、今も仏壇・お墓参りを欠かしていません。
親達は、仕事虫の僕に死目に逢えずとも、解ってくれていましたが、自分としては無念です。生涯悔やんでいます。
これを機に、何事も悔いを最小限に食止めたく、思いを後送りしないで、先へ先へと先行させるように心掛けています。
亡くした恩人や親友の家族には、命日にお供え物を届けています。その数は、ノートでないと分らなくなりました。
親しい方が奥さんを亡くされ、命日には家内と仏壇にお参りし、奥さんの思い出を話すべく昼食事会が5年続いています。
田子さんが、亡くされた友を思い出されること、こうしてブログで話される事こそ、友への供養になると思います。それでも、気持が落着かれなければ、友の仏壇にお参りされると気持が落着きます。多忙で行けなければ、友を瞑想で呼び出し、語りかけられることかと思います。

投稿 Dr.Y | 2008年3月 4日 (火) 12時58分

Y先生、温かい言葉をありがとうございます。
ご遺族から知らされなければ、亡くなったことは知らないまま過ごしたと思います。
わざわざお電話をいただいたことに、何か意味があるのだろうと感じましたので、一度お参りに伺いたいと思っています。

投稿 midori | 2008年3月 4日 (火) 13時31分

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