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かものはしプロジェクト

昨夜は、関東ニュービジネス協議会(NBC)の女性委員会&ワークライフバランスとCSR研究部会に参加。企業の社会的責任の一環としてのボランティア活動について、若くて素敵なお二人の話を伺いながら考えた。どんな偉い人の話よりも、行動している人の話は胸を打つ。

NPO法人かものはしプロジェクト 村田早耶香さん
「~カンボジアの子ども達の笑顔のために~起業で社会問題解決に挑む」

社団法人C.I.S.V.(国際こども村)日本協会
五十嵐朝青さん(コーチ・トゥエンティワン)
「11歳からの平和教育とそこから得たもの~10年を経た今感じること」

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かものはしプロジェクトは、カンボジアの児童買春で心身ともに傷ついた子どもたちを救うために、村田さんら3人の大学生(当時)が立ち上げた、代表的なソーシャルアントレプレナー(社会起業家)。IT事業で得た収入と、法人・個人からなるサポーターの支援により活動している。

現地にコミュニティファクトリーを作って、職業訓練と仕事を供給。いぐさを編んだバッグやブックカバーは、色合いもかわいくなかなかおしゃれ。生産できる量はまだ少ないが、訓練の成果は徐々に上がっているので、企業のノベルティなどに利用してほしいそうだ。

村田さんとは、彼女がフェリスの学生の頃に初めて出会った。今と変わらない真摯なまなざしで、「カンボジアの買春被害の子どもたちの窮状を救いたい。」と言ってた。

次にあったときは、東京都の学生ビジネスプランコンテストの審査会場。「ボランティアを事業として実行したい」とその事業計画を発表し入賞した。しかし非常に難しい事業なので、本当に立ち上げ継続していくのは無理なんじゃないか。正直言って、内心はそう思った。

昨日数年ぶりにお目にかかり、その後の足跡を拝聴した。かわいい女子大生の風貌のままなのに、なんとハードな活動の実績。彼女も最初は、「就職して20年くらいキャリアを積んでから、そのあと社会の役に立つことをしよう」と思ったそうだ。

しかし、カンボジアで傷ついた子どもたちを目の当たりにし、その20年間にいったい何人の子どもが傷つきスポイルされていくだろうと思ったら、いてもたってもいられなくなったのだという。その言葉を聞いて、自分が恥ずかしくなった。代表の村田さんは、今日も活動のPRのため、早朝から福井へ向かっているはず。

かものはしプロジェクトは現在サポーター募集中。現地生産しているい草を用いた素敵なグッズを取り扱ってくれる企業やショップも募集中のようです。興味関心を抱いた方はぜひ、ホームページをご覧ください。

NPO法人かものはしプロジェクト

夏休み子ども科学電話相談

我が家はTVがないので、在宅中は一日中NHKラジオ第一放送が流れている。TVがないと、世の中の出来事を知らないのではないかと心配される方もいるのだが、30分もしくは1時間おきにニュースが繰り返し流れるので、TVのとき以上に脳に焼きつくように思える。

このときだけはTVがほしいなと思うのが、オリンピックなのだが、今回は夫がチューナーを買ってきてパソコンで見たよ。開会式と閉会式はちゃんとおさえました。国際的時事だから。

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ラジオの話に戻ります。夏休みは特別編成になるが、楽しみなのは「夏休み子ども科学電話相談」。高校野球中継の間はお休みなのだが、それ以外はほぼ毎日午前中3時間以上放送している。最初のほうしか聞けないけど、出勤の準備をしながら聞くのが楽しい。

ある日の質問。

子ども「セミの幼虫は、土の中にひとりぼっちで長いこと過ごして、さびしくないんですか?」

(昆虫学者の先生がなんて答えるのか、興味津々・・・)

先生「それはねえ、やっぱりさびしいんじゃないですか。」

(エーッ、さびしいんだ!)

「せみの幼虫はねえ、真っ暗の土の中にじっとひとりぼっちでいるんだよ。たまに会う動物と言えばねえ、敵でねえ、食べられちゃったりしちゃうから。。。やっぱりさびしいよねえ。」

(なんだかこちらも、切ない気持ちになってきたぞ・・・)

「でもね、セミが成虫になるには、この時期が必要なんだよ。人間もね、大人になるには、さびしかったりつらっかたりする時期が必要なんだよ。」

(そうだよね。楽しいだけじゃ成長できないんだよ・・・weep

子ども「ふーん。ありがとうございましたっ!」

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こんな感じ。大人が聞いていても、考えさせられる奥深い回答が続出するのはさすがだ。何か専門分野を極めている人の言うことはちがうなあ、と感心するのである。

この番組の中では、子どもたちは正しく子どもらしく、かつ礼儀正しい。それに答える大人もまた、(自分の専門分野については何でも知っていて)正しい大人。いまや失われてしまった正しい世代間関係がきちんと存在している。だからほっとすると同時に、なにげないやりとりに、こちらがじーんときたりするのである。

この番組、今年で25周年と言ってたから、わが社の設立といっしょだ。科学をわかりやすく伝えることの必要性を、同じ頃に同じように感じて始まったと思うと、お互いに長くなりましたなあ・・・なんて、一方的に親近感が湧いてしまう。

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踊る阿呆に見る阿呆

雨。あの猛暑が嘘のように、涼しい週末。あちこちでお祭りが行われていて、家の前でもかわいいお神輿が通って行った。日頃聞かれない子供の声にびっくりして、犬がガルルルと警戒していた。

毎年この時期は、関連会社の決算作業。アウトソーシングするまでもないので、夏の終わりの週末に、私が自宅で行う、というのがここ数年の慣わし。そして飽きてくると、高円寺の阿波踊りに出かける、というのも、ここ数年のパターン。

今年は雨なので中止もありかな、と思ったら、日曜の朝刊東京版にでかでかと記事が載っていた。雨の中、熱い踊りが展開された模様。そこで夕方からごそごそ、高円寺に出かける。天候にかかわらず、すごい人。

踊りは18時からなので、駅前のパル商店街の「明洞(みょんどん)のり巻」で腹ごしらえ。マッコリに、韓国のり巻、餃子、石焼ビビンパなどを楽しむ。韓国風かき氷は、氷にミルク、あずき、フルーツ、アイスクリーム、求肥などがたくさんのって、見た目も楽しく美味しかった。

開始15分くらい前になると、アーケードの中も踊りを見る人が並び始めたので、われわれも出陣。今年はサーティーワンアイスクリームの前に陣取って、じっくり拝見。

アナウンスがカウントダウンで開始を告げたとたんに響き渡る、鉦・笛・太鼓の音。ざわざわっと鳥肌がたって、お祭り魂が揺さぶられるのである。いつの日か、観る阿呆から踊る阿呆に変わってみたい、と思うが、いまさらもうそんな機会はないだろうなあ。

神奈川のほうはすごい雨で、電車も止まった模様。夏の終わりのお祭りが中止になって、がっかりしている人たちも多かったことだろう。お気の毒。

ラフテーと泡盛とコールドストーン

昨夜は家族がそれぞれ外出先から新宿に集合し外食。私の誕生日のお祝いディナー、といっても自分で払うんだけど。ルミネエストの「ナビイとかまど」、30分待ちで沖縄料理を食べる。夏の疲れた体には、長時間煮込んだ豚の角煮「ラフテー」や、田芋の天ぷら「どぅる天」が美味しい。

泡盛は、「瑞泉」を頼むと在庫切れで入荷未定という。それではと「久米島の久米仙」の古酒を頼むとこれまた在庫切れ。結局、お店の人が薦める「瑞穂」を1合カラカラで注文し、私はロックで、娘と夫はシークヮサージュース割。世間では、泡盛品薄なのだろうか。これも猛暑の夏のせい?

ご飯がすんだらケーキの代わりに、ルミネエストにできたばかりの「コールドストーンクリーマリー」で、イチゴやスポンジケーキが入ったアイスクリーム。以前六本木で食べたときは甘さがきつく感じたが、今回は甘さ控えめに感じたのも、猛夏でからだが疲れているせい?

夫が小さなブーケをくれた。100年ぶりだ!と感激。娘はサーモンピンクのストールをくれた。これからの季節に重宝しそう。幸せな気持ちで眠りについて、朝方窓を開け惰眠を貪っていたら、さわやかな風がそよそよ。高原に避暑に来ているかのような心地よさ。一気に秋に向かっている。

ありがとう

朝からいろんな方に、ハッピーバースデーのメールをいただいています。ありがとうございます。

年女ですから、何周目かのスタートです。あと何周するのかな。平均寿命と医学の進歩からすると、まだ人生半分くらいかな。

私の人生、結構早熟と思ってたけど、最近は、晩熟ではないかと思うようにしています。まだまだがんばらねばなりません。

去年の誕生日と何が違うかな、と昨年の夏のブログを見たところ、去年はずいぶん飲んでたんだなー。パーティも多かった。鉄欠乏症貧血で、体調がどんどん悪くなってたのもこの頃。

それに比べて今年の夏は、心身ともに健康的だと思う。レコーディングダイエットで食生活の振り返りもしているし。体重はあまり減ってませんが、おなかは引っ込んだみたい。

友人がたくさんいて、幸せだと最近つくづく思う。これからもよろしくお願いしますsun

萩の美味しいもの

5年ぶりに帰省するときに思ったのは、萩のよさを再発見してこよう、ということ。東京の生活のほうが圧倒的に長くなってしまって、十分に大人にもなったので、若い頃には感じなかった貴重なものが見えてくるのではないか、と思ったのだ。今回あらためて、美味しいなーと思ったものを列挙。

あわびsun

死ぬ前に何が食べたいかと聞かれたら、私は迷わずあわびを挙げます。お盆中ではありますが、スーパーで殻8cmくらいのあわびが1200円くらいだった。もちろんお刺身。肝は念のためさっと熱湯をかけ、ちょっぴり酢をかけて。精がついた。

さざえhappy01

かご一盛り、大きさにもよるが10個以上はあるな、700円くらい。母も娘もあまり食べないので数が多すぎ、お刺身になったのを2個分買いました。相棒がいたら、大量にお刺身とつぼ焼きにするんだが。

うにheart02

生うには一船1800円~2000円。瓶詰めで3000円。うには萩でもやっぱり高いが、美味しさがちがう!山陰地方のうには粒が小さくて、海のエキスの味がしっかり詰まっている。瓶詰めのうには我が家の常備食。炊き立てのごはんにのせて食べると、頬が落ちます。

刻みわかめとちりめんじゃこriceball

これも我が家の常備食。わかめむすびは、萩のおにぎりの定番。地元では、おむすびの周りにまぶして食べるが、私はちりめんじゃことともにご飯に混ぜてからおむすびに。

今日のお昼ごはんは、持参のわかめじゃこむすびと、マルコメの茄子入りカップ味噌汁。社長のランチとしては貧相で、社員に夢を与えられなかったら申し訳ないことだが。ほんとに美味しいしダイエットにもよいのよ。

かまぼこdelicious

日本全国に名産かまぼこあれど、私が一番好きなのは、やっぱり萩のかまぼこ。焼きぬきなので、コリコリと歯ごたえがあり、それだけでりっぱなおかず。親戚がかまぼこ屋なので、子供の頃からおやつがわりに食べて育った。

今回もたくさんもらってきたので、サラダに入れたり、チャーハンに入れたり。昨日は肉じゃがの肉の代わりにかまぼこを煮たら、思いがけず美味しくてごはんが進むクン。練り製品ではかまぼこのほか、天ぷら(さつま揚げみたいなもの)も相当いける。

さて以上は再発見と言うよりは、ずっと好物。今回再発見したのは、、、

夏みかん菓子thunder

明治維新で失職した武士が、新しい産業として植えた夏みかん、別名ダイダイ。言わば、当時のニュービジネスであり、地域おこし。萩には夏みかん畑がいっぱいあって、地元では夏みかんは、買うものではなくもらうもの。すっぱい中身を食べた後の黄色い皮は、干して砂糖で煮てまた干して、名産夏みかん菓子となった。

地元の人々にとっては、珍しくもありがたくもないもの。我が家でも祖母が毎年山のように夏みかん菓子を作ってノーサンキューだったので、これまではわざわざ買ってまで食べるなんてことはなかったのだけど・・・。

東京育ちのわが娘にとっては夏みかんはなじみがない。夏みかん菓子のさわやかな甘さが上品だし、見た目もきれいだというのである!そういわれて久しぶりにつまんでみると・・・これって結構おしゃれじゃないのよ。ティータイムにぴったり、目からうろこ!

今回萩に帰ったら、夏みかん畑が減っていた。このままじゃ、萩産の夏みかん菓子は作れなくなってしまうかもしれない。夏みかんの木がなくなると、アゲハチョウのはらぺこあおむしも困っちゃう!夏みかんの需要を喚起して、夏みかん畑を守ろう!

そういうわけで、我が家では今、夏みかんブームなのである。

夏の終わりの

お盆が過ぎて、高校野球も終わって、まだまだ暑いけれど、心なしか夕風に秋を感じるようになってきた。夏女の私としては、さびしーい気分。

今年の春まで、当社で請負っていた政府の展示施設で働いてくれ、現在は九州の大学で勉強している19歳のAちゃん。夏休みで東京に帰省したので、ママと一緒に顔を出してくれた。明治記念館のラウンジキンケイでランチ。

青山一丁目にはなかなかゆっくりランチができる場所がないので、お話しながらランチをするときは、明治記念館系列のレストランや、萩のお魚が食べられる花・味兆を利用する。

昨日は、新丸ビルのタイレストラン「サイアムヘリテイジ」でご馳走になる。丸の内の高層ビルが夕暮れに沈んでいく様は都会的でムード満点。日本人の口にあわせ、辛さ抑えめな食べやすいお料理が、タイビールとよく合って美味しかった!

美味しいものを食べて、よーしこれからもがんばるぞ、と自分を奮い立たせる夏の終わり。。。そろそろダイエットも復活せねば。

萩で夏休み

お盆休みをしっかりとって、5日間ほど故郷の萩へ帰ってきた。5年ぶりの帰省。生まれ育った家は取り壊されて既になく、小さいころに遊んだ公園の回りも区画整理ですっかり風景が変わっていた。

お盆ですから、まずは亡き父のお墓参り。吉田松陰誕生地のすぐ下にあり、眼下に萩市が一望できる風光明媚な墓地で眠れて、父親は幸せだ。それから藍場川のそばの善福寺に、母方の祖父母のお墓参り。毛利家の菩提寺である東光寺と大照院では、恒例の万灯会が行われていた。

日中は浦島太郎の気分で、炎天下に市内をトコトコ歩き回る。ああそういえば、ここには夏みかん畑があったっけ。ここにはケーキ屋さんがあったはず。かつての光景がだんだんと脳裏に浮かび上がってくる。

高校から目と鼻の先にある菊ヶ浜や、日本一小さい火山・笠山から日本海を眺め、その美しさにあらためて感動したりすると、昔の感覚が戻ってきた。ここはやっぱり、あのふるさとだ。

高校時代の友人と6人で、割烹「千代」で会食。私以外は全員山口の大学を出て、市内または県内で、教育や行政に尽くしている人たち。中には25年ぶりという友達もいて、一瞬にして女子高生にもどって笑い転げた。お魚尽くしの料理はたしかに美味しかったはずだが、話に夢中になりすぎて味わう余裕もなかった。

東京に帰ると、留守番していた夫に、いい顔になって戻ってきたねといわれた。アクがぬけたのかしら。さあ、これで夏は終わり。馬力を入れて、秋を迎えよう。

坂東巡礼その1~鎌倉・逗子

5月から2ヶ月かけて廻った秩父の三十四観音。その後目標を失いかけていたが、とうとう坂東巡礼をスタートした。

坂東巡礼は関東地方1都6県にまたがる三十三の札所を拝んで歩く。観音信仰に篤かった源頼朝の時代に整備されたといわれている。

秩父市および秩父郡の狭い地域を歩いて廻る秩父札所と違い、坂東札所は時間もかなりかかることだろう。2年がかりかと思う。初回は猛暑の日曜、鎌倉と逗子の四つのお寺を廻った。

一番は杉本寺。開創は行基が十一面観音を安置した七三四年、鎌倉で一番古いお寺といわれている。その後、慈覚大師、恵心僧都がそれぞれ十一面観音を安置し、三尊が一堂に会した。

本堂が火事で燃えたときに、三尊仲良く杉の木のそばに逃れて恙なかったといういわれから、杉本寺と呼ばれるようになったという。苔むした石段の上にある侘しい茅葺の佇まいは、しばし猛暑を忘れさせた。

二番、逗子の岩殿寺も行基の十一面観音により開創。逗子駅から歩く車道は暑く味気ないが、ひとたび裏山に向かって住宅地に入ると、途端に割れんばかりの蝉の声、谷を這うようにして風が吹き上がっていく。

山門から息を切らして石段を登りきること百余段、古木に囲まれ小さな境内を風が舞い、庫裏の石窟に安置された観音にまいるとそこはもう別世界である。

泉鏡花は、後の夫人と恋に落ちて師である尾崎紅葉の怒りを買った時分に、このお寺の住職と親交を深め、心身の健康を取り戻したと言う。ポロシャツに半パン、帽子に口ひげの湘南オジサンが、ベンチで胡坐をかいて気持ちよさそうに文庫本を読んでいた。

三番安養院田代寺は北条政子由来のお寺、高さ10m金箔に身を包んだ十一面観音を安置する四番長谷寺は江ノ電長谷駅から歩いて5分、猛暑と言えど観光客が多く、外国人もたくさん来ていた。

秩父では御開帳もあって、札所めぐりの人々に数多く出会ったが、坂東ではほとんどその姿はなく、観光地となっている寺では般若心経を唱えるも、周りからは浮いているようで気が引けた。天上に気持ちが届いている実感もあまりないが、回を重ねるうちに観音様と「同行二人」できる日が来るだろうか。

次回は小田原から小田急線沿線に歩みを進める予定。

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