各地で30度を越した夏日の日曜日。バレーボールの試合のために、娘におにぎりを持たせて早朝に送り出した後、再び布団にもぐりこみましたが、あまりの好天にこのまま寝ていてはいけないと起き上がり、坂東三十三ヶ所札所巡りで栃木県に向かいました。
自宅を出たのは9時半、北千住経由東武日光線特急きりふり253号で栃木駅着11時41分。北千住駅では特急ホームがわからずうろうろしてあわや乗り遅れそうになりましたが、車中は見事にガラガラで快適極まりない。しかし問題はその後で、栃木駅から目的地までバスでさらに1時間かかる予定なのですが、ガイドブックによると、一日5往復便しかないというのです。
闇雲に栃木まできたものの、バスで足留される可能性大。・・・と思ったらなんと、まるで私たちを待ってたようにバスがいて、10分後に出発するではありませんか。ちなみに特急は次々来ますし、JRの駅もありますから、連絡していたわけではありません。今日の観音様はご機嫌いいのかな!?ヽ(´▽`)/
いつもの如く、バスはほぼ貸切。これでは一日五便しかないというのももむべなるかな。途中採石場を通り過ぎて、終点ドドメキ停留所に到着。ここは出流(いづる)という地域ですが、この奥深い山里に、自家用車の家族連れが続々訪れています。聞くと、みんな出流そばを食べにきただそうです。 時刻は12時を廻っているし、帰りのバスは15時40分ですから、時間はたっぷりありそう。まずは山門前の福寿屋で、まずは腹ごしらえ。
さて落ち着いたところで、本日の目的である十七番満願寺。日光開山の勝道上人によって767年に開創されました。長らく子宝に恵まれなかった勝道上人の母上が、山の上の鍾乳洞の中の鍾乳石を菩薩の後姿に見立て日参したところ、のちの勝道上人を授かったとされているところです。
その後800年代に、弘法大師が勝道上人の徳を慕ってこの地を訪れたときに、山の上では人々が参詣するのも大変だということで、千手観音像を刻んで麓に安置しました。その後江戸時代まで、時の為政者に庇護され繁栄した由緒あるお寺です。
足利時代に作られた大きな仁王尊を配した山門を くぐり参道を進むと、手入れされた敷地内には川が流れ、大きな宿坊会館もあります。徳川時代の代表的な建築とされる荘厳な趣の本堂で般若心経を唱え、さらに奥の院へ。
渓流に添うように登っていく道は急な傾斜で、心臓をバクバク言わせ足がぷるぷるしてきたところで、休憩所に到達。目の前には、滝修行の場である大悲の滝。滝つぼの側まで歩み寄ると、空気がひんやりとして酸素が濃い感じがする。一度に滝に打たれると、心身の垢が消えるといわれているそうだ。空気に触れているだけで、心洗われる。
マイナスイオンを全身に浴びてエネルギーを補給し、さらに急な石段を上って奥の院拝殿へ。拝殿は鍾乳洞の中の一部であり、観音様の後姿といわれる鍾乳石を拝むことができる。上から滴る石灰水による自然の石造ができるまでに、どのくらいの時間を有したことかと思うと、目の前の細々した不安や苦労も、たいしたことではないような大きな気持ちになってくる。
携帯ラジオで群馬県では30度を超えたとアナウンスを聞くにつけ、思いがけないいいところに来たねえと、気持ちよく下山し納経帳に朱印をいただいていると、あれれもうバスの時間まで1時間を切っている。せっかく山里まで来たのだから、山の幸を食べたいね、と一番人気のいづるやへ。
鯉のあらい、こんにゃく刺身、こしあぶらの天ぷらとグラスの生ビールを注文。美味しくて、精力がつきそう。連れはさらに、おそばを一枚。バスの時間が・・・というと、調理を急いでくれ、先に注文した人を飛ばして先に頂戴する。申し訳ない、と冷や汗が出そうだったが、栃木県の人は鷹揚で、冷たい視線は感じなかった。
他にも美味しそうな品々があったが、あきらめてバス停へ。店の前のバス停は始発より二つ目。バスに乗ると運転手さんが、始発で乗ってこなかったから、乗り遅れたかなと心配したよーと声をかけてくれた。いい所だなー。もう一度来ることはあるかしら?バスはまたもやほぼ貸切。1時間の行程を、ぐっすり眠って栃木駅まで戻り、特急を使って来た経路を戻りました。
それにしても、遠かった。連れは、今回も産直野菜が買えるだろうと大きなリュックをしょっていきましたが、販売しているところは皆無でがっかり。駅の売店にもお土産の販売もなく、からっぽの背中が寂しそう。
三十三ヶ所の半分は過ぎましたが、ここから先は1日1ヶ所がやっとこさのようです。気長に廻ることにしましょう。
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