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武蔵野巡礼その6~入間・仏子・元加治

連休中に、武蔵野三十三ヶ所を巡りました。やっと後半です。秋になったからピッチ上げなきゃと思うけれど、やっぱりまだ暑い。とにかくまずは、西武池袋線入間駅へ。北口を出て宅地の間を下って国道を越えると、霞川が流れています。水がきれい。

201009191138000橋を渡り十八番蓮華院。広々としたきれいなお寺です。1200年頃に、新古今和歌集の寂蓮法師が開創したと伝えられています。お庭も優美なお寺です。

再び入間駅に戻り、南口のバスロータリーへ。ここは見覚えがあるぞと思ったら、3年前に茶畑を探しに来てバスに乗ったところだ。当時とちがうのは、三井アウトレットパークができたこと。続々と人が駅から降りてきて、アウトレットパーク行きのバスに乗りこみ、出発していきます。私が乗るバスは、本数少なく30分待ち。

201009191247000 バスに乗ったら十分少々で目的のバス停に着き、坂道を登ること数分、二十番龍円寺。やはり1200年頃の寂蓮由来のお寺らしいが、詳細は不明。境内からは、茶畑が広々と見渡せます。

201009191304000 龍円寺からさらに5分くらいで、十九番東光寺。ご開帳の赤い旗ははためいますが、観音様の姿が見当たらない。本堂では人々が集まり、何事か行なわれているようですが、よく見えません。なんと、ご朱印と散華は玄関の前のボックスに置かれ、まるで無人野菜売り場のようです。もう70以上もお寺を巡りましたが、こんなことは初めてです。

境内は広々として、いかにも村落の中心のお寺という風情。さもありなん、近くの小学校が開校されるまでの間は、この地域の小学校として使われていたのだそうです。住宅地として開けつつある入間ですが、茶業を中心とした農村時代を彷彿させる、お寺の佇まいです。

バスで入間市駅までもどり、お隣の仏子駅へ電車で移動。駅から二十一番高正寺は、街道沿いを歩いて数分です。途中、大きなパチンコ店がつぶれて空き家と化しているのが、街としては痛いです。お寺は、加治丘陵の北斜面の懐に抱かれるようにしてあります。201009191352000

高正寺は鎌倉時代の初期に、この地の豪族である金子氏が開創したそうです。加治丘陵は鉄を産し、金子氏は製鉄業を営んでいた豪族。加治=鍛冶を表しているのでしょう。鎌倉の山寺を思わせる風情なのは、当時の都である鎌倉を意識したのでしょうか。残暑にもかかわらず、本堂前はひんやりとした空気が漂っていました。

201009191420000 201009191421000 さて再び仏子駅に戻り、電車で隣の元加治駅へ。車内から二十二番円照寺の立派な門が見えます。こちらは寺伝によると、1205年に二俣川の戦いで戦死した加治二郎家季を弔うため円照上人が開創し、加治家の菩提寺となった古刹です。江戸幕府の庇護も受け、建築物は洗練され、境内には蓮の花咲き鯉の泳ぐ弁財天の池がありました。

以上で、6日目のノルマは終わり。まだ日は高く、体力も余っていましたから、飯能まで足を伸ばそうか・・・と迷いましたが、無理は禁物。途中で歩くのがいやになってしまったら困りますので、体力を温存して帰ることにいたしました。

武蔵野三十三ヶ所のお寺は、寺伝の継承が少なく、役所もあまり興味がないのかあえて触れないのかわかりませんが、歴史的な背景の説明が欠けています。しかしこうやってお寺を廻っていると、鎌倉時代の前後に大きな権力闘争があり、集落が形成され、産業が興っていったことが見え隠れします。以前より、埼玉県には興味をそそられてきましたが、私の中ではますます関心が高まっています。

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