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3・11震災その後

10日ぶりのブログです。

3月11日午後2時46分三陸沖を震源地とするM9.0の大地震。その後の大津波。さらに福島原発の事故。これでもかというほどの大災害が連続的に起こりました。あまりの出来事の連続に、生きていることを感謝する以外に、なにがあろうか、という思いにとらわれました。忙しいということもありましたが、1000年に一度と言う天災のことを、書いておく気がしないのです。

映画や本の中で、悲惨な出来事はたくさん仮想体験しました。がどれも、所詮は想像の出来事だったんだ、ということを思い知りました。そしてこの大災害においても、自分に直接にはふりかかっていない、といことが、逆に恐さを誘うのです。どうして私ではないのでしょう。次はお前の番だよと、示されているような気がして仕方ないのです。

地震が発生したとき、私はビルの5階にある青山のオフィスにいました。体験したことのないような揺れに、飲みかけのコーヒーがPCにかかってはいけないと気をとられ、コーヒーカップを持って隣の給湯室にいこうとしたら、「社長あぶない!」と、後ろから社員にむんずとつかまれました。

そのうちミシミシと音がし、壁にメリメリとヒビが入ってホコリが落ちてきました。ニュージーランドの地震が頭に浮かび、ああ、天井が落ちてつぶれてしまうかな、と一瞬覚悟もしました。社員は慌てて外に逃げ出した人と、ビルに留まった人の二つに別れ、外に逃げた人はしばらく戻ってきませんでした。

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その後の1週間の東京のパニックについては記すまでもありません。アチコチの派遣先、請負先に社員が分散していますので、毎朝毎夕メールや電話で報告を受け動向を確認する日々。一方で、被災地へ一日も早く食料を届けるための支援活動にも取り組んでいます。ひびだらけの会社の壁も、応急手当をしてもらいました。

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多くの人が、何かしていないと悶々としてしまう、と言っています。本日埼玉の創業ベンチャー支援センターに毛布を届けがてら、埼玉アリーナに立ち寄りましたら、まるでイベントのときのようにたくさんの人が集まり、物資の請け渡しや仕分けをしていました。統制のとれたボランティアの人たち。何かで役立とうと毛布や日用品を届ける人たち。みんな優しい顔をしていました。被災者の方たちが、心と身体を休めることができるといいけれど。

まだ雪の降る被災地で、暖房もなく食べるものもなく、震えている人たちがたくさんいると思います。一日も早く、暖かいところで美味しいものを食べられる日が来ますように。私もできることをしたいと思います。

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コメント

お久しぶりです。なかなかみんなと集まる日が決まりませんね… 昨日は埼玉県戸田市の得意先の物流センター長に面会し修復したセンターを見せてもらいました。天井に設置された900キロの機械が3台も落下。奇跡的に怪我人は出なかったそうなので一安心したと。ただパート社員が来れなくなったりして従来のように仕事が進まなくなったと嘆いておられました。我が家の被害は自分のメガネだけ!これからは被災地の人たちの破傷風が心配。

あ、いけない、江向3さん、後ほど候補日連絡します。ところで、戸田市あたりでそんなに被害があったんですか!?Σ(゚д゚;)

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