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トゥルー・グリット

アカデミー賞の数々にノミネートされながら、賞がとれなかった「トゥルー・グリット」。1968年に新聞小説として多くの読者を集め、1969年にジョン・ウェイン主演「勇気ある追跡」として映画化されたものを、コーウェン兄弟監督でリメイクしたのがこの作品。トゥルー・グリットとは、ありえないような困難な状況を乗り越えていく真実の勇気、というような意味です。

雇い人ネッドに牧場主である父親を殺された14歳の少女マティが、仇を討つために腕利きの保安官を雇おうとします。最初は子ども扱いして相手にされませんが、根負けして渋々引き受けます。そこへ、ネッドを追うテキサス・レンジャーが加わり、三人でネッドを追いかけて命懸けの過酷な旅に出ます。

渋い保安官を演ずるジェフ・ブリッジズ、若さゆえ未熟なレンジャーを演ずるマット・デイモンともに、深みのある存在ですが、特筆すべきは少女マティ役のヘイリー・スタインフェルド。意志の強さを表すきりりとした顔、相手をやりこめる堂々としたセリフ回し、ときどき覗かせる少女らしい不安を心の中に押し込めるときの切ない表情、まさに勇気ある少女を体現しています。

今回のアカデミー賞では助演女優賞のノミネートでしたが、映画の中では主演級の役回り。惜しくも受賞は逃がしましたが、この先を考えるとここは見送りでよかったかも。将来はきっと、アカデミー賞主演女優賞を獲得するに違いない。

この映画、私はかなり好きです。見終った後に、じわじわっと心に響いてきて、正直言って「英国王のスピーチ」や「ソーシャルネットワーク」よりも感動しました。原作は、アメリカの古典文学として教科書にも登場する長編名作なのだそうで、こちらもぜひ読んでみたいと思います。

ザ・ファイター

アカデミー賞関連の映画の公開が続いてます。助演賞をWで受賞したのは、「ザ・ファイター」。実在するプロボクサーで、世界タイトルチャンピオンであるミッキー・ウォードと、その兄ディッキー、とりまく家族や恋人の、濃厚な絆と葛藤を描いた映画。

兄ディッキーは、貧しい労働者の町を一躍有名にした才能溢れるボクサー。しかし、破滅的な性格で薬物に手を染め、堕ちていく。兄に手ほどきを受けた優しい弟ミッキーは、プロボクサーとして次第に頭角を現す。周囲は、ミッキーの足を引っ張るマネージャー役の母親と、強盗で監獄送りになった兄を、ミッキーから離そうとする。

家族に対する思いやりと、うとましさの間で苦悩するミッキー。とうとう、ミッキーを支えてくれる恋人や仲間とも、感情が行き違ってしまう。優柔不断で人間関係に振り回されていたミッキーだが、やがて自分の意志で判断し、夢に向かって力強く進み始める。

この映画で弟の足を引っ張る堕ちたヒーローを演ずるクリスチャン・ベールは、アカデミー賞助演男優賞。クリスチャン・ベールはこの役のために、髪を抜き、歯並びを変え、大幅に減量したそう。目が落ち窪み頬がこけた様は鬼気迫ります。

派手でだらしのない母親を演ずるメリッサ・レオは、アカデミー賞助演女優賞。若作りをし、息子を溺愛する、勘違いオバサンを熱演。あ~、こういう母親っているよな~、うっとおしいけどにくめないんだよなって、思わずうなずくダメ母ちゃんぶりです。

W受賞の二人の演技がすごくて、主人公を演ずるマーク・ウォールバーグと、その恋人役のエイミー・アダムスは、かすんで見えます。ご健在のファミリーのお話ですので、最後はきれいに纏めてあるのが、作品としての欠点かもしれない。

英国王のスピーチ

あっと言う間に古い話になってしまいましたが、今年のアカデミー賞の作品賞・監督賞・主演男優賞・脚本賞を制したのは、「英国王のスピーチ」。

「ソーシャルネットワーク」との一騎打ちといわれていましたが、ハーバードのITオタク大学生よりも、ロイヤルファミリーの吃音症克服のほうが、テーマとして格調高かったということでしょうか。

主演男優賞のコリン・ファース演ずるジョージ6世は、米国人女性との恋愛を選んで兄の代わりに王位を継承する。が、彼は吃音症で癇癪持ち。国民の前でスピーチするのが苦手。

そんな王様を愛し、優しく辛抱強く支えるのが、明るく溌剌とした王妃のエリザベス。オーストラリア出身のスピーチ矯正専門家ライオネルを探し出して治療を依頼します。ライオネルは型破りな治療法をとりながら、率直なコミュニケーションで王様の心の鎧を取り除いていきます。

幼少の頃に心に傷を負ってコンプレックスをもつなど、英国の王様といえど、生身の人間として温かいまなざしで描いたところが、万人受けする感動的なストーリーでした。ドロドロ一切なしで、英国王家のイメージアップにつながりましたね。

昨年のアカデミー賞が、「ハートロッカー」VS「アバター」でメッセージ性の高い競作であったことを考えると、今年は迫力にかける賞取り合戦でありましたな。

孫文の義士団

古今東西、海外に対する憧れというものは誰でも少なからずあるものだが、どっち方向が好きか、というのはかなり嗜好が分かれるものです。どっち方向というのは、主に、アメリカ、ヨーロッパ、アジアなどで、私の場合はアジアが好きです。

そんなに詳しくはないですが、アジア映画も好きです。そして最近の中国が発展しているのは、映画においてもしかり。最近見た映画は、「孫文の義士団」。これは相当見ごたえがありました。

辛亥革命の中心人物である孫文は日本に身を寄せていましたが、いよいよ中国全土で蜂起のときが近づいた、と香港に来航します。その動向を掴んだ西太后は、500人のスパイを香港に送り込み、孫文の暗殺を計画。

しかし、君主制を倒して人民の真の幸福を築くために、にわかに集められた8人の男達(+1名の少女)が孫文を守って、壮絶な闘いを繰り広げます。

万民の幸福のために犠牲となって散っていくことを美徳とする意識は、良くも悪くも共感できます。激しいアクションを縦糸に、親子・友情・夫婦・恋愛・師弟・などの情愛を横糸に、ハイ・テンション、ハイスピードでストーリーは展開し、結構肩がこります。(感情移入して、いっしょに緊張するから・・・)

辛亥革命、つまり清国が滅亡して近代国家になってから、今年でちょうど百周年。中国人民の愛国心を高揚する映画です。世界史(中国史)の復習になりました。

「一刻も早く被災地にパンの缶詰を送る活動」ご協力の御礼

ご協力いただいた皆様

この度の東日本大震災におかれましては、被災者の皆さんに心より御礼申し上げます。また、「一刻も早く被災地にパンの缶詰を送る活動」に、多くの皆様のご賛同とご協力をありがとうございました。

大地震発生後2日めの3月13日に活動を開始して以来約1ヵ月、おかげさまで平成23年4月14日現在3,240,370円の協力金を受付けております。この資金は、株式会社パン・アキモト製造によるパンの缶詰と食パンの原材料等費用の一部に充当させていただきました。

去る4月10日には、有志の会世話人数名で株式会社パン・アキモト奉仕団に同行し、宮城県石巻市にて実際にパンを配布する活動を手伝って参りました。

石巻は現在、死者・行方不明者5,500名、住宅全壊28,000棟と、津波の被害が最も甚大な地域の一つで、壊れた家屋や健在、自動車などが散乱し積み重なって、市街地は壊滅状態です。そんな中で避難所には物資が溢れているようですが、避難所に入れず社内で暮らしていたり、自宅に留まっていたりする人々には、食料がいきわたらず辛い思いをされているそうです。

そこで我々は、日本国際飢餓対策機構の先導により、渡波地区という港や海水浴場のある海べりの町でパンを抱えて車を降り、大破した家の片付けをしている人々を居つけては、パンを配って歩きました。「どこから来たの?・・・まあ、そんなに遠くからご苦労様!」「美味しいパンを食べたかったのよ」笑顔で丁寧に頭を下げる被災者の方々に、胸が詰まりました。

この資金による義援活動の実績は、パンの缶詰765ケース(18,360缶)食パン750食です。(内訳は別表をご参照下さい。)

尚、有志の会では「一刻も早く被災地にパンの缶詰を送る活動」を、震災直後の初動プロジェクトととらえ、4月8日(金)をもって、協力金の新規受付を終了させていただきました。が、被災地ではまだまだ不自由な生活を強いられており、必要な物資を必要なタイミングで継続的に支援することが大事と考えられます。協力団体である認定NPO法人環境リレーションズ研究所では、引き続き被災地に向けて義援物資を送る活動を行っていますので、ご協力をよろしくお願いします。(詳細はfacebookページ http://www.facebook.com/kyukancho でお知らせします。)

本来ならばお一人お一人、お伺いしお礼を申し上げるところですが、取り急ぎ書面にてお礼を申し上げることをお許し下さい。末筆ながら、余震もまがまだ続いておりますので、くれぐれもご自愛下さいますようお祈り申し上げます。

平成23年4月15日

「一刻も早く被災地にパンの缶詰を送る活動」有志の会
世話人代表 田子みどり

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

(別表)活動実績 平成23年4月14日現在

◆協力金 3,240,370円  

◆義援物資

・パンの缶詰 1ケース=100g入り24缶(通常小売価格:370円/缶)
・食パン(通常小売価格:2,000円/食)

3月13日 日立電線の輸送車に託して パンの缶詰40ケース
3月14日 防衛省関係者からの要請で練馬駐屯所 270ケース
3月14日 黒磯消防本部 5ケース
3月15日 大田原消防本部 10ケース
3月15日 日本国際飢餓対策機構 10ケース
3月16日 矢板消防本部 6ケース
3月21日 防衛省関係者からの要請で練馬駐屯所 35ケース
3月22日 さいたまアリーナ(避難所) 39ケース
3月22日 日本国際飢餓対策機構(仙台市、石巻市) 30ケース、食パン300食
3月28日 日本国際飢餓対策機構(仙台市、多賀城) 200ケース、150食
4月10日 日本国際飢餓対策機構(石巻市) 120ケース、300食

合計 パンの缶詰 765ケース(18,360缶)、食パン750食

以上

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20110410

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3・11震災その後(2)-石巻へ

一ヶ月前に発足した「一刻も早く被災地にパンの缶詰めを届ける活動」有志の会。きっかけは、大地震発生後二日目の朝、美味しくて備蓄になるパンの缶詰を発明し開発した株式会社パン・アキモトの社長に、地震お見舞のメールを出したことでした。

那須に本社のある秋元社長からは、大きな業務用オープンがずれてガス管が切断したが、今朝復旧したのでこれからパンの缶詰めをフル生産して、被災して飢えている方々に一刻も早く届けたい、ということでした。そして、この大災害において、パン・アキモトだけで拠出できる数はしれている、みんなで支援してくれないか、ということでした。

この二日間、オロオロするばかりでなにも役立ててない自分に、不甲斐ない思いをしていた私は、早速、経営者仲間に意見を聞いてみました。すると1時間後には10人くらいの賛同が集まっていました。みんな、すぐにでもなにかしたい、でも術がない、とくやしい思いをしていたのです。

そこで秋元さんには、こちらで資金集めをするので、とにかく生産と運送の手配に専念していただくようお願いしました。翌日の深夜には自衛隊の手に渡り、福島県の被災者へと渡されました。

一方私達応援団は、関東ニュービジネス協議会(NBC)のメンバーを中心に、メールで協力依頼を流すとともに、twitterやFacebookで経過を報告。友達の輪もひろがり、たちどころに約100名の方々から300万円の資金が集まり、そのお金はパンを作るための原資にあてました。

パンの活動は初動の支援ととらえていますから、支援金募集は4月8日で一旦締め切りました。結果的に約1ヶ月間で拠出したパンの缶詰は約2万缶、半月たった頃から生の食パンも加わりました。こういうときに、食パンは国民食として定着していると実感します。美味しい食パンが食べたい、とは何度も耳にした言葉でした。

さて、去る4月10日(日)、この活動資金による最後の拠出として、パン・アキモトの社員の皆さん、有志の会の仲間と一緒に、石巻に義援活動に行ってまいりました。6時40分東京発の始発新幹線で那須塩原に移動、そこからマイクロバスにたくさんの物資を載せ、高速道路で一路石巻市内へ。避難所は物資が溢れているということでしたので、食料が廻らない自宅難民の方々を、日本飢餓対策機構のスタッフの方々と、個別に訪問して、パンの缶詰や食パン、お菓子、チーズ、イチゴなどを配って歩いたのです。

そこで見た津波の爪あとの被害の大きさは、筆舌しがたいものがありました。そこがかつて住宅街であったとは想像し難い、あり得ない光景です。それでも道が整備され、車が走り、スニーカーで歩けます。ずいぶんな進歩なのでしょう。直後はいかばかりだったかと想像すると、胸が詰まって言葉が出ません。

これから私達にできることは、しなければならないことはなんなのか。石巻で過ごしたたかだか数時間の奉仕活動すら、私はまだ自分の中に消化しきれていません。このうえたくさんの試練を、どう考えればいいんでしょうか。少なくとも他人事ではなく、自分達の試練として、考えて議論して、少しでも行動しなければなりませんね。

20110410

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