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とげぬき地蔵と小塚原回向院

日曜日に所用で巣鴨へ。相変わらずとげぬき地蔵の商店街は混んでいます。甘味屋が軒を連ね、名物塩豆大福があちこちで売られていて、元祖がならんでいますが、あまり味に差はないような。

お昼は五島うどんのお店「ここ・長崎」。カウンターだけの小さなお店で、飛魚(あご)でとっただしに、バラモンと呼ばれるさつま揚げなどがのっている、つるつるっとしたうどんが美味です。

お腹がいっぱいになったので、家族でお散歩。といっても、すごい風で雨も降りそうで、花を見に行くという気分にもなりません。そこで、庚申塚から気の向くまま、行き先も決めず都電に乗ってみることにしました。

ガタゴトのリズムがのんびりとして、座っていると眠くなってきたので、そのまま終点の三ノ輪へ。荒川区、と言うこと以外に何も知らないまま商店街を歩くと、昭和に迷い込んだような不思議なムードの町。

疲れたので目に付いた「月光」という喫茶店に入って休憩。朝ついたお餅と日本茶が売りのお店です。きなこもち、ごまもち、からみもちを分け合って食べました。あー、またまた食べ過ぎ。

店内においてあるタウンマップを見ていると、「小塚原刑場」という言葉になにか懐かしさが・・・ああそこは、松陰先生が果てたところではありませんか。いえ正確に言うと、処刑されたのは伝馬町で、幕府により埋葬されたのが、小塚原刑場の傍で刑死者を弔う回向院というお寺。

松陰先生のお墓は、高杉晋作ら門下生が後に、現在の世田谷の松陰神社の地に移しましたが、橋本佐内ら安政の大獄で処刑された志士たちの墓とともに、回向院にも墓石は残っているそう。そして回向院といえば、解体新書が生まれるきっかけとなった場所であることでも有名。

杉田玄白に縁のあるツレも、これは素通りはできぬとばかり、回向院と小塚原刑場跡に参りました。かつては荒んだ川原であったのでしょうが、今は線路と幹線道路と建物に囲まれ埋もれてしまい、当時を想像することはできません。

でも、GWに私たちはなんでわざわざここに来たのでしょう?なにか必然性があるんじゃないかな、と首を捻り胸に手を当てながら、不穏な天候の中を今度は日比谷線を経由して帰ったのでした。

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