秋田視察~その3(乳頭・田沢湖・角館)

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秋田視察最終日、5時半に起床して温泉に浸かった後、ゆぽぽ山荘周辺を散策。歳をとってよかったことは、早起きが苦じゃなくなってきたこと。貴重な時間を有効に過ごすことができます。土筆やこごみ、ふきのとうを採取。

日曜なので混雑を予想して、山荘を早めに出発。まず、温泉好きなら誰でも一度は行ってみたい乳頭温泉郷に。十和田・八幡平国立公園の乳頭山麓のぶなの森に、国民休暇村含め七つの温泉があります。この日は、その中の黒湯へ。江戸時代から続く湯治宿で、自炊棟もあります。Dsc_1441_2

30分間で慌てて入浴したら、一気に車は駆け下りて田沢湖畔のたつこ茶屋へ。大きな囲炉裏で岩魚と味噌たんぽを焼いていただきます。目の前には、最終日にしてようやく恵まれた青空のもとに、美しい田沢湖が広がっています。なんて贅沢な時間・・・。

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田沢湖をぐるりと一周したら、最後の目的地角館へ。途中で山のはちみつ屋に寄って、お買い物。みんな、お腹いっぱいと言いつつも、プリンなどを食べてます、別腹ですね(笑)私もお土産に、はちみつカステラを購入。

さて、角館に到着して、視察旅行もいよいよ最終地。佐竹の殿様が、京都から嫁いできた奥方の心を慰めるために、京を彷彿させる街づくりをしたという、とても美しい品の良い街です。有名な桜は終わりましたが、新緑に彩られた街並みも、ため息が出るほど素敵です。

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最後に、安藤醸造本店で白だしなど最後のお土産を購入し、この度の視察旅行は終了。角館から東京までの新幹線の約3時間は、この3日間で感じたこと、学んだことなどをみんなで語り合いながら帰りました。

秋田も他県と同様、昨年の東日本大震災の影響で観光客が大幅に減って、総体的な経済の縮小に苦戦を強いられているそうです。その中で成功しているところは、自分のところの強みを客観的に把握し、そこをさらに強化するための新技術や新商品の開発も怠りないように思われました。

最後に、極めて濃厚な秋田の3日間、コーディネートしてくださった皆さん、温かく迎えてくださった皆さんのご尽力に心から感謝いたします。どうもありがとうございました。

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秋田視察~その2(八幡平・たざわこ芸術村)

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温泉の朝は早い。5時半に起きて美肌の湯へ。もう先客がたくさんいます。温泉を浴びたら散歩に行こうと思ったら、二日前に熊が出たと。ここで出会って大騒ぎになると、熊に迷惑がかかるからやめました。

八時半に旅館を出発し、一路、八幡平へ。アスピーテラインを走ると、高度が上がるにつれ季節が逆行するのが興味深い。途中から雪が降り出して、標高1600mの頂上には、まだ2mくらいの積雪がありました。Dsc_1376

身体が冷えたところで、後生掛温泉にちゃぷり。ひなびた湯治宿で、泥湯や箱蒸しなど面白い温泉があります。お風呂上りに、1個食べれば3年命が伸びるという温泉黒たまごをぱくり。Dsc_1384

のんびりしたいところですが、スケジュールはみっちり。次は、今回のメインの訪問先でもある、劇団わらび座が経営するたざわこ芸術村へ向かいます。まずは、1997年に創立した地ビール工場に併設した田沢湖ビールレストランで昼食。田沢湖ビールは数々のコンペティションで上位入賞を果たしていますが、地産地消の精神にのっとったビール造りが美味しさの秘訣です。Dsc_1392_2

デジタルアートファクトリーを見学、小水力発電のプレゼンテーション。豊富な水資源を電力に換え、たざわこ芸術村の電力を賄おうという、まことに時宜にあった取組。さらにわらび劇場で、「アテルイ」を鑑賞。アテルイは新宿文化センターホールでも観ましたが、本拠地で見ると、役者さんとの距離も近く、またちがった感動がありました。

そして、欲張りツアーはこれで終わりません。銘酒「秀よし」の蔵元鈴木酒造を訪問。秀よしの創業は今から300年以上も昔の元禄2年。伊勢から移り住んで酒づくりを始めたそうです。秋田藩主佐竹公から、秀でて良しとのお褒めをいただき、「秀よし」と命名されたとか。できるだけ昔の蔵を守りながら、新しい技術や商品を生み出すことにも余念がありません。試飲もたくさん。ヽ(´▽`)/

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さて濃厚な一日が終わったら、今夜の宿は、田沢湖高原温泉郷「ゆぽぽ山荘」。実は、ここに宿泊するのは2回目。長年尽力された管理人ご夫妻が引退される、記念すべき最後の夜に立ち会わせていただきました。山菜づくしの料理に、天然岩魚酒。みんな、ご主人自ら山に入って採ったものです。涙が出るほど美味しい。。。静かな森の中で、夜も更けるまで飲み、語り、素敵な夜を過ごしました。

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秋田視察~その1(大館・小坂町・鹿角)

Enimage1336703821731_3関東ニュービジネス協議会(NBC)で、秋田県に2泊3日の視察旅行に行ってきました。文化・芸術のパワーを感じて経営に活かそうというテーマで活動をしている研究部会です。大館能代空港からまずは大館市内に直行し、曲げわっぱの大館工芸社を訪問。

秋田音頭にも歌われる曲げわっぱは、秋田杉の柾目を曲げて作ります。工程はすべて手作りで、ひとつの商品が出来上がるのに約1か月を要します。材料となる杉は樹齢200年以上の天然もの。しかし200年以上の天然杉は来年で伐採終了となるため、100年の若い杉を使うことを研究中。

そもそも曲げわっぱは、関ヶ原の闘いで敗者となった佐竹の殿様が領内の窮乏救うため、下級武士たちの副業として奨励したのが産業として定着した由来なのだそうです。お値段ははりますが修理もきくので、200年ものの天然杉があるうちにぜひひとつ欲しいところ。

Dsc_1355_2次は小坂町の日本最古の芝居小屋「康楽館」へ。小坂町はかつて、小坂鉱山として栄えたところ。その厚生施設として明治43年に作られたのが康楽館だそうです。今も現役の芝居小屋で、館内を覗くとちょうど劇団「三峰組」が上演中。レトロな建物は、当時はさぞやハイカラと騒がれたことだろうと思います。昼食は、中小路の館でいろりを囲んでお弁当。二年前まで住まわれていたそうですが、町に寄贈され観光資源に。Dsc_1352

駆け足で鹿角市役所。市長を表敬訪問するとともに、徳島県庁、東京とネットで四元中継し、地域活性についてサテライト会議を行います。NBCの仲間であり、鹿角市に事業所を置く株式会社シーティーイーの藤田社長が、企業誘致に応じたメリットをプレゼンテーション。

続いて、農家訪問。子どもたちに安全で美味しいお米を食べさせたいと。50歳で東京から脱サラし、農薬や化学肥料を一切使わずアイガモ農法を行う金沢一男さん。私もこめたびでお世話になってます。秋田はまだ田植えには早く、金沢さんは稲の苗を育成中。金沢さん自らが握ってくれたおにぎりを頬張りながら、米づくりにかける熱い思いをうかがいました。

さらに、株式会社シーティーイーの鹿角事業所を訪問。保育園を改修した居心地の良いオフィスに、社員の方たちが生き生きとデジタルな作業をしています。地元は雇用の機会が少ないので、若くて意識の高い人材を採用できると社長の弁。朝夕は、プレイステーションを使って東京オフィスとWeb会議。距離の差はほとんど支障がないそうです。

夜は、湯瀬温泉に宿泊。鹿角JCの幹部の皆さんにお越しいただき懇親会。皆さん、スマートな若手社長ばかりで、しっかりと地元に根を生やし、地域のリーダーシップを発揮されているご様子、とても頼もしく感じました。再会を約してお開きの後は、美肌の湯に浸かってキューバタンです。

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女神の美声に酔いしれた成城の夜

土曜日の夜、成城ホールにて、

第4回 成城響きあう街
ウクライナの歌姫 オクサーナ・ステパニュック
~祈りとともに、「愛」を歌う~

というコンサートが開催されました。成城うまれ成城育ちの友人が、街おこしで始めたイベントです。

オクサーナ・ステパニュックさんはウクライナの出身で、チェルノブイリ原発事故で汚染され危険地区に指定されたシニェワ村の出身です。出演が決まったのは2月でしたが、図らずもその後に起こった福島原発事故。オクサーナさんがどんなに胸を痛め、日本に心を寄り添おうとしているかが、ひしひしと伝わってきます。

一曲目はプログラムにはなかったが急遽加えたオープニングで、オクサーナさん自身が奏でる、民族楽器バンドゥーラの伴奏にのせて、カッシーニのアヴェ・マリア。哀しいほど美しい歌声と、民族の心を揺さぶるような楽器の音色に、震災直後の心境を思い出して、自然と涙がこぼれました。

プログラムは2部構成で、前半はウクライナの民族衣装を着た人形のようなオクサーナさんが、バンドゥーラを弾きながら、ウクライナに伝わる歌を弾き語りします。バンドゥーラという弦楽器は初めて見ましたが、弦の数が多く、とても難しそうな楽器でした。それを膝に乗せて弾きながら、高音域の歌を唄うのはとても複雑な行為に思え、目を瞠りました。

後半は、「私のお父様」など誰もが聴いたことのあるような親しみのある歌曲の数々で、来場者をとりこにしました。ゲストにテノール歌手ロベルト・ディ・カンディドも登場し、「誰も寝てはならぬ」を熱唱。二人で歌ったアンコールの「Time to Say Goodbye」は、時空の広がりを感じさせ圧巻です。

それで終わるかと思いきや、さらにオクサーナさんは「みんなで一緒にふるさとを歌いませんか」と会場に提案。マイクをもって客席の中にどんどん入っていきました。なんどもなんどもくりかえし、みんなで「ふるさと」の一番を歌ううちに、オクサーナさんを中心にして、会場がひとつになったのを感じました。

最後にオクサーナさんは、「私の歌を忘れないで。みなさんが辛いとき、悲しいとき、私の歌を思い出してください」と語りかけました。本当に心の暖かい方、感動し鳥肌がたった一夜でした。

会場を出ると、夏日でほてっていた街も夜風が心地よく、女神の美声に酔いしれた興奮覚めやらず。駅ビルのイタリアンで、ビールとマルゲリータでお喋りしてから帰宅しました。幸せな気持ちを与えてくれたオクサーナさんと、主催した友人に、心から感謝です。

平山美知子さんと劉薇(リュウウェイ)さん

東京の紅葉も見頃を迎えた週末は、講演会とコンサートで成城学園前まででかけました。先日このブログでも紹介した、「成城 響きあう街」プロジェクト主催です。生まれ育った成城の街がどんどん変貌し、個性を失っていくことを悲しんだ女性が立ち上げた、町起こしが目的の文化事業で、今回が三回めです。

直前に主催者にいろんな出来事があり、集客活動が大幅に遅れてしまったとの悲鳴を聞き、応援をかねて駆けつけました。が、蓋を開けてみれば杞憂で、会場はほぼ満席。内容も、成城の街にふさわしい、品格と温かみのあるイベントでした。

講演会は、東京芸術大学学長を務めた日本画家故平山郁夫氏の妻で、平山郁夫シルクロード美術館館長の平山美知子さん。美知子さんは今年85歳ですが、とても活動的で若々しくチャーミングなイメージ。郁夫さんと知り合ったきっかけは、東京美術学校(現在の東京芸大)の日本画科の同期。

しかし美知子さんは、女子美術学校を中退して東京美術学校の女子第1期生として入学したため、郁夫さんより4歳半年上なのだそうです。だから、初めて会ったときはかわいい坊やにしか見えなかったの、と笑う美知子さんは、きっと美術学校のマドンナだったのでしょうね。

そして美知子さんは、首席で卒業したといいますから、ひょっとしたら、当時はご主人よりも実力が上だったのかもしれません。しかし美知子さんは、郁夫さんと結婚するときに自分の一番大切なものを捧げようと思い、自分に一番大切なものは絵を描くことだと思い至り、筆を折ったのだそうです。

以来50年以上ご主人を支え続け、マネジャーに徹してこられたとのこと。ライフワークとなった、シルクロードの大作の数々も、美知子さんの存在なしには実現しなかったと思われます。もちろん夫婦ですから、常に蜜月というわけではなかったでしょうが、魂で結ばれた同志としての、深くて大きな愛情が感じられました。

講演会のあとは、劉薇(リュウウェイ)さんのヴァイオリンコンサート。劉さんは、まさにシルクロードの蘭州の出身。幼少の頃は中国に文革の嵐が吹き荒れた時代で、娘の将来を思いなにか才能を身につけさせたいと考えた父親が、苦労してヴァイオリンを入手し子供用に改造。西洋音楽が排斥され、楽譜も何もない頃に、ガーゼを挟んで音が出ないようにして、隠れて練習を重ねたそうです。

文革時代が終わると、数百倍の難関を突破して西安音楽学院に入学。卒業後、20年前に日本に留学、桐朋学園大学を経て、ちょうど平山郁夫さんが学長だった頃東京芸大大学院博士課程を修了。穏やかで大陸的なオーラを感じる語り口から発する話は、同世代ながら平和で豊かな時代の日本で育った私には、想像を絶する苦労と並々ならぬ努力に圧倒されました。

曲目は、中国の代表的な作曲家、馬思聡の曲を中心に、中国少数民族の伝統曲や日本の奄美の子守唄、カザルスの「鳥の歌」など。民族を超えて平和をねがう思いを、美しく切ない音色にのせて奏でた演奏。暮れが近づき、厳しく慌しい日々の中で、心が洗われた晩秋の昼下がりを過ごしました。

講演会「妻・平山美知子が語る日本画家 平山郁夫」(11/28成城)

日本を代表する音楽家や作家、画家、映画監督などを輩出する、芸術と文化の街、成城。先日、その成城学園前駅に降り立ちましたら、私が世田谷に住んでいた20年前とは、駅の周辺がずいぶん変わっていました。駅がピカピカになっていて、とても便利になった感じです。でも一方で、街としての個性がなくなったなと感じ、ちょっと寂しい、というよりは、もったいないと思いました。

長年成城に住んでいる人たちは、もっと強く、歯がゆく感じていらっしゃるのでしょうが、土地は個人に帰属するものですから、如何ともしがたいですね。そこで、成城で生まれ育った若い世代の友人が、昨年から「成城響きあう街」プロジェクトを立ち上げ、手弁当で頑張っています。自分の故郷を大事にしようという思いには、都会も田舎もありません。ご案内を転載します。

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田子みどり社長さま

大変お世話になっております。お元気でいらっしゃいますか?またゆっくりとお会いしたいです。ご連絡が遅くなりまして、誠に申し訳ございません。

「成城 響きあう街」プロジェクトは、成城在住三代目の私が昔からあったお米屋さんや八百屋さんやお魚屋さん等がお店を閉じ、豊かだった緑もどんどん減る現状を憂えて、スタートしたものです。成城が音楽や文化と響きあう街になることを願って、昨年から始めました。

前回は、成城在住の山田洋次監督による講演会~家族を描きつつ~を開催しました。満員御礼で、大勢の方々が大変喜んでくだいました。一人一人が住む所や故郷で楽しいことを行ったら、活気のある街がどんどん増えていくと願って始めたことです。周りの方々にもお伝えいただければ、誠に幸いです。

様々なことが重なって、この十日間がPRの勝負の催しです。もし可能でいらっしゃいましたら、周りの方にもお伝えいただけると幸いです。どうぞ宜しくお願い申し上げます。

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来る11月28日(日)午後2時30分~、世田谷区の成城ホールで、講演会&コンサート「成城 響きあう街」第3回を開催いたします。

今回は、一年ほど前に逝去された日本画壇の最高峰 平山郁夫画伯と共に半世紀以上を歩まれ、シルクロードを130回以上も旅をした、美知子夫人(平山郁夫シルクロード美術館館長)をお招きしました。

「妻・平山美知子が語る 日本画家 平山郁夫~過去への想いと未来への祈り~」と題しまして、画伯の幅広い活動と、その想い等、子どもたちとの交流の映像も上映して、様々なお話をお伺いいたします。大変貴重な機会です。美知子夫人は、私は今まで出会った方々の中で、最もパワフルな方です。

その後、シルクロード出身のヴァイオリニスト劉薇(リュウ ウェイ)さんによる故郷ゆかりの音楽を中心としたコンサートを行います。

この催しは、公益財団法人 平山郁夫シルクロード美術館様のご後援を賜っております。

日 時: 2010年11月28日(日) 午後2時30分 開演(午後2時10分 開場)
場 所: 成城ホール (小田急線「成城学園前」駅)
入場料: 3,500円 (全席自由、前売り制)

詳細は、下記のホームページをご覧くださいませ。
http://www.seijo-hibiki.jp/

皆様のお越しを心からお待ち申し上げております。

「成城 響きあう街」実行委員会

≪お申込みの際はご住所、お名前、お電話番号、チケット枚数をお伝えください≫

MAIL: seijo.hibiki@gmail.com
TEL : 090-9827-5558
※留守電の場合は、メッセージをお残しください。
FAX : 03-3483-2206

JAZZで街おこし

まだまだ続く猛暑。土曜日の日中は、高校の東京在住者同窓会幹事会に代理出席で、渋谷勤労福祉会館へ。その後、錦糸町で開催されている「すみだ・ストリート・ジャズ・フェスティバル」に向かいました。

201008211538000 すみだ・ストリート・ジャズ・フェスティバルは、ジャズで墨田区を盛り上げようという、街おこしイベントです。実行委員会の代表をしている若手経営者たちが、私の所属する関東ニュービジネス協議会のメンバーであるご縁で、準備の始まる1年位前から話を聞いていました。

私は何のチカラにもなれませんでしたが、せめて本番は応援に行かなくちゃ、と向かった昼下がりの錦糸公園は、あっつぅ~。。。スタッフの人たちは、太陽に焼かれてまっかっかです。201008211537000じりじりと焼けるメインステージでは、映画座頭市に出ていたタップのダンサーたちが、太陽に負けず熱いダンスを見せていました。

201008211539000屋台では、イカが自慢よと聞いていたので 焼きイカを購入。肉厚で甘みのある真イカです。ビールはもちろん、お膝元のアサヒビール。通常の屋台のビールよりも美味しく感じたのはなぜだろう。

夜のステージでは、大物も予定されていましたが、家で病人が寝ているので、後ろ髪を引かれながらも退散。

twitterを見ていると、日曜日も大盛会で、成功裡に終わったようです。いろいろ大変だったでしょうが、地域を盛り立てるために演奏家やボランティアを動かした熱い思いと実行力に感動いたしました。

わらび座のミュージカル「アトム」

昨日新宿文化センター大ホールで、劇団わらび座のミュージカル「アトム」の千秋楽を観てきました。わらび座の手塚作品は「火の鳥」に続く第二弾。「火の鳥」は、歴史観や宗教観を交えながら、人の心に巣食う弱さを描く深い内容でした。一転、未来のロボット社会を描く「アトム」はどのような仕上がりになるのか、どきどきしながら会場に向かいました。

わらび座の「アトム」は、子どものころに親しんだアニメ「鉄腕アトム」とも、浦沢直樹の「PLUTO」ともちがう、この度のオリジナル作品。舞台は、鉄腕アトムが活躍した時代からさらに過ぎ、ロボットを人間へ絶対服従させるため、人間の半分以下のパワーに制限された未来社会。

科学は進歩して、ロボットは社会になくてはならないパートナー。ロボットたちは純粋な心を持ち人間に尽くしますが、人間の心はすさみ、ロボットを奴隷のように扱い蔑みます。それでもロボットは、夢や希望をもち、友達を大事にするのです。しかし人間は、そんなロボットの心を踏みにじり、ついにロボットたちが立ち上がります。

ミュージカルの主人公は、トキオと呼ばれる明るくて歌や踊りの上手なロボット。新宿公演では良知さんという若い役者さんがゲスト出演していますが、生き生きしてチャーミングに演じていました。また、悪役で出演している速水けんたろうさんは、お母さんといっしょの歌のおにいさん出身。娘が思わず「あ、けんたろうお兄さんだ!」と反応していました。

劇団の皆さんは、秋田のわらび劇場公演、東京新宿公演を終えて、これから兵庫を皮切りに、全国公演の旅に出るのだそうです。わらび座は歌や踊りがしっかりしていますし、内容もメッセージの明快な、大人も子どもも楽しめる舞台づくりが徹底しています。

そういえば鉄腕アトムは原作上、2003年に生まれたことになっているそうですから、既に7歳。実際、人型かどうかは別として、普通の家庭の中にも掃除機だったりおもちゃだったりして、ロボットがいても不思議はない時代となりました。壊れたら当然のごとく廃棄でしょうが、そのひとつひとつもし心があるとしたら・・・。破れたぬいぐるみが捨てられず、泣きそうだった子どものころの気持ちをふと思い出しました。

生きるとは愛すること、思いやりと想像力と文化

なんど、半月ぶりのブログになってしまいました。具合でも悪くなったか、あるいは会社はだいじょうぶか、などご心配下さってる方もいるかもしれませんね。反省反省、元気です。

先週、社団法人関東ニュービジネス協議会の通常総会の記念講演で、瀬戸内寂聴さんのお話をうかがいました。高齢になられて、もうあまり講演はされていないと聞いていますので、貴重なチャンスと大変楽しみにしていました。

ご自身が書かれた遣唐使を題材にしたオペラが、ドイツで公演されたのを観てきたところなのよ、という寂聴先生は、とても88歳には見えません。背筋のしゃんと伸びた袈裟姿、張りのある明瞭な声、会場の空気を見ながら早口で喋る頭脳の明晰さ。すごいです。

「皆さん、死ぬことは恐いことではないですよ、隣の部屋のふすまを開けるくらいのことなんだから」と先生は言います。

「死んだら肉体は滅びるけれど、魂は愛する人の所に行きますよ。だから恐がることはない。私も死んだことはないから確かなことは言えないけれど。私が死んだら、極楽があるかないか確かめて、知らせてあげます。右の足の親指を引っ張ったら極楽はある、左の足の親指を引っ張った極楽はない。覚えてらっしゃいよ。。。」

とても軽妙洒脱な語り口に会場中が引きこまれ、お腹を抱えて笑いながら、直球が心の中にストンと落ちます。

「生きるということは愛すること。愛するとは、相手の気持ちを思いやること。思いやるには、想像力を鍛えなければなりません。そのためには、文化を高めなければならない」

これは経営者へのメッセージでありましょう。この国は今、大変な時期にある。あななたちがリスクをかけて動き出しなさい、と言われているような気がしました。

「常に挑戦の心を持ちなさい。挑戦した結果、成功しないかもしれないけど、それでも常に挑戦しなさい。心をワクワクドキドキさせること。感動しなくなったときから、年寄りになるのです」

講演そのものにワクワクドキドキした、すばらしい時間を頂戴いたしました。

萩を想う一日

少し前の話になりますが、朝から冷たい雨が降る建国記念日、萩からミュージカル「SHOWIN」の公演がくるのに合わせて、高校の同期が集まりました。

昼下がりに三軒茶屋のレストランスカイキャロットに集合して、まずは会食。レストランは電話でのやりとりが役所みたいだったのであまり期待してなかったのですが、3500円の和会食は充分豪華で満足。せっかくの26階の眺めは雨で煙ってましたが、みんなおしゃべりに夢中で眼中になかったみたい。

会食を終えたら、みんなで世田谷線で松陰神社前へ移動。世田谷線の電車がきれいになっててびっくり。私が三茶に住んだのは、もう20年近く前だもの、変わるはずだわね。あの頃は若かった・・・(遠い目)。

そして、開場までまだ1時間あるので、松陰神社に参詣。ここは、萩出身者にとって特別な場所。松陰先生が安政の大獄で処刑されたあと、高杉晋作ら松下村塾門下生によって遺骸が運ばれ葬られたところだからです。一度は参ってご挨拶せねば、と思いつつ上京してはや30年。こうして萩高校の同級生たちと参詣できるとは、これまたうれしいことです。

境内の中には、松下村塾も再現されています。でも実物とはなにかちがうね?ああそうです、板壁が新しくてきれいなのと、覗き込む向きがちがうのです。そんなことをきゃっきゃっとしゃべりながら歩いていると、会うわ会うわ、同郷の先輩や後輩たち。この日同じ様な行動をとった人たちがたくさんいて、松陰神社の街は、萩出身者でちょっとお騒がせしてすみません、なのでした。

そして、ミュージカルの開場にはちょっと早いのだけど寒いから会場で待とう・・・と世田谷区民会館に行きましたら、もう行列!後ろにもどんどん連なっていきます。なんと、1200名定員の会場が満席。がらがらだったらどうしよう、萩からやってくる演者たちががっかりする顔を見たくない、と思ったので、2階席まで埋まっていくのをみて、これには感動しました。

さて、いよいよ創作ミュージカル「SHOWIN~若き志士たち~」が開演。市民から公募した素人ばかりとは思えぬ熱演で、期待以上の出来栄えでした。ひとつひとつのエピソードが、子どものころ習ったことばかりでしたので、すんなりと心に浸み込んでいきます。

帰り道でも、よかったねえ、なつかしかったねえと、懐かしい訛りが耳に入ってきます。私たちの原点を見たという思いを胸に抱きながら、再会を約して友と別れました。忙しい日々の合間に、心にほっこり温もりを感じた冬の一日となりました。松陰先生、ありがとう。

翌日、ミュージカルを観た社員が、「萩の人って本当に吉田松陰が大好きなんですね」と感想。そうね。確かに萩の人にとっては、隣に住んでる偉い先生、くらいの親近感があります。子どものころから朝に夕に、松陰先生の教えを植えつけられますから、みんな先生づけで呼びます。

至誠にして動かざる者は未だこれあらざるなり

志を立ててもって万事の源となす

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