武蔵野巡礼その10の2〜結願・竹寺

201011031320000_2  子の権現から最後の竹寺までは、尾根伝いに下ったり少し登ったりしながら、約3キロの林を歩きます。山道は狭く、片側は急な斜面。行き交うときは道を譲り合います。眺めに変化が無いハイキングコースは先が見えず、いつまで続くのだろうとうんざりしかけたところで、竹寺の裏側に到着。

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三十三番八王子、通称竹寺は、神仏習合。ご本尊は、牛頭天王(ごずてんのう)。その名の通り、牛の頭をもつインドの神様です。本堂の脇には、植わっている木をそのまま彫った、牛の姿をした象があります。丑年には、ご本尊のご開帳がおこなわれるようです。201011031424000_2本殿登り口には、茅の輪の鳥居。

201011031427000 そして今回の目的は、武蔵野三十三観音の結願。心をこめて、聖観音にお祈りします。7月10日にスタートして、約4ヶ月の間で、10回に分けて三十三ヶ所を廻りました。

今年の夏は暑くて、汗をダラダラと流しながら巡礼したなあ。ご開帳中には間に合わないのではと思いましたが、なんとかぎりぎりセーフでした。最後のご朱印をいただいたら、思わずヤッターとツレと娘にVサイン。 

さてそうこうしているうちに、もう3時近く。帰りはさらに1時間、山道を歩かなければなりません。暗くならないうちに、山道をまた登ったり下ったり。ひざがガクガクになったころに、名栗川側の車道に出ました。201011031541000

ちょうどやってきたバスに乗車して、結願のごほうびに、さわらびの湯へ。木材をたくさん用いた小綺麗な温泉です。湯に浸かると、窓いっぱいに名栗の山々が広がってのんびり。いいところだなあ~。

これでしばらく、西武線の巡礼の旅はおしまい。そしてそろそろ、挫折しかけている坂東三十三ヶ所巡りに戻ることにいたします。ご声援下さった皆さん、ありがとうございました。

武蔵野巡礼その10の1〜子の権現

いよいよ武蔵野三十三観音を訪ねる巡礼も最終日となりました。今や親より忙しそうな娘や、夏に足を傷めてしばらく遠出を控えていたツレも同行してくれます。飯能は最近、熊目撃情報が多いので、石井スポーツで熊よけの鈴とカウベルも買いました。おにぎりと温かいお茶を用意して、家を9時過ぎにいざ出発です。

電車を乗り継ぎ、西吾野駅に到着したのが11時過ぎ。西部秩父線はハイキング客でほどほどに混んでいましたが、西吾野で降りる人はあまりいません。国道からハイキングコースに入ると、しばらく民家が点在。そのうちに家もなくなり、ザアザアと川の流れの音だけが林に響きます。湿度が高く、倒木は苔むしています。

山道を約1時間登ると、アスファルトの参道に合流。12時半、三十二番子の権現天龍寺に到着。標高640メートル。西吾野駅からは、高さ400メートル、距離にして3、7キロを登ったことになります。

子の権現は、子の年子の日子の刻生まれの子の聖が911年に十一面観音を祀ったのが天龍寺の開創とされています。その後1012年に、恵聖上人が子の聖を大権現として本尊に祀ったことから、子の権現と呼ばれるようになったそうです。子年生まれの私には、なんだか親しみを感じるお寺です。

門前には、子の聖が食事に使った二本の箸を地面に指したところ根付いた、といういわれを持つ樹齢千年の二本杉。黒門をくぐると、赤く勇ましい仁王象が迎えてくれます。江戸時代末期に建てられたという庫裏は、見事な萱ぶき屋根。

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石段を上がり本堂にお参り。子の権現は足腰にご利益があると言われており、境内には大きな鉄のわらじと夫婦下駄が目を引きます。奥の院がある山の上のカエデは、きれいに紅葉が始まってます。ベンチに座っておにぎりを食べていると、晴れていてもからだが冷えてきました。

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さて、いよいよ尾根伝いに、結願の竹寺に向かいます。

武蔵野巡礼その9~吾野

201010311255000 台風一過を期待した日曜日、残念ながら霧雨交じりのぐずぐずしたお天気でしたが、予定どおり武蔵野三十三ヶ所巡りで、吾野に行きました。

まず西武秩父線武蔵横手駅で下車。「そら」と「みどり」にこんにちは。国道を西に約15分歩いて二十九番長念寺。1300年頃のお寺のようです。しみじみとしてよいお寺。201010311202000

さらに国道を西へと歩いていくと、途中で青空販売を見つけました。大根葉、ピーマン、里芋を購入。〆て300円なり。

東吾野駅を越えて、台風の後で水がひときわ豊かな小川に沿って里山を少し歩き、三十番福徳寺。1212年に開創。阿弥陀堂は国指定重要文化財。ご住職は不在で、納経は少し離れた興徳寺まで歩いていきます。

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一旦東吾野駅までもどり、電車に乗ってひとつ隣の吾野駅に移動。駅のすぐ目の前に三十一番法光寺があります。201010311402000_2 1386年開創と伝えられています。 裏山を500メートル登ると、岩殿観音の洞窟があるので、少し登り始めましたが途中で挫折しました。 201010311413000_2 201010311414000_2 

結局この日の歩数は約15000歩。いよいよ11月3日は、結願の予定です!

武蔵野巡礼その8〜高麗

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武蔵野三十三ヶ所巡りもいよいよ佳境に入ってきました。先日も巾着田に曼珠沙華を見にいったばかりの高麗(こま)へ、今度は札所巡りです。今回のルートは、西武新宿線の終点川越駅でJR川越線に乗り換えて、高麗川駅下車。番外霊巌寺、途中高麗神社に立ち寄り、続いて二十六番聖天院、二十七番勝音寺の三つを廻りました。

201010241129000201010241130000  今回面白かったのは、高麗という町の歴史について触れることができたことです。朝鮮半島の高句麗に由来するだろうことは、高麗という町の名前から想像に易かったのですが、なんとなんと、1300年近い昔にできた郷であることを知りました。俄か歴女になってコーフンです。

高麗神社のHPを参考にしますと、西暦688年に高句麗は唐と新羅の連合軍滅ぼされ、多くの人々が日本列島に逃れて現在の関東一円に住み着きました。716年、散らばっていた1799人が現在の高麗の地に集められ開拓を開始、高麗王若光(こまおうじゃっこう)を首長として高麗郡ができたと続日本紀に記されているそうです。201010241214000

高麗郡をよく治めた若光が没すると、高麗明神として祀ったのが高麗神社。若光の子孫が代々宮司を務め、現在は60代目(!)にあたるそう。近代の総理大臣が多く参拝したこともあり、出世明神として現在も参拝者で賑わっています。

一方で、若光の菩提寺として751年に建立された寺が、二十六番聖天院。大きな山門をくぐって石段を登り、拝観料300円を払って中門を抜けると、足利時代の阿弥陀堂や庭園、書院。観音様は阿弥陀堂の中に。さらに石段を上がると中腹に国指定の重要文化財の鐘に、2000年に建立された総欅造りの本堂。広々と敷地の中には雪山に見立てた石灰岩の庭や若光の石像、在日韓民族無縁仏慰霊塔なども見渡せます。

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201010241230000 201010241229000お参りを終えて門を出ると、寺を背にして両脇に「天下大将軍」「地下女将軍」と書かれた顔のついた石柱が立っています。チャンスンという、朝鮮半島に伝わる守り神なのだそう。そして道を挟んだところに、なんと萩焼の窯元の看板を発見しました。萩焼も朝鮮半島から伝わった焼き物ですから、関連性があるんでしょうか。

高麗を歩いていると、清冽な高麗川が蛇行し木々の緑が豊かで、さまざまな鳥の声が聞こえてきます。農作物と鉱物に恵まれた豊穣な地です。目的のお寺を三つ参拝した後、以前から巾着田に来るたびに気になっていた、鹿台橋のそばの阿里山カフェに立ち寄りました。201010241441000

オープンデッキからは高麗川の河原が見える心地よいカフェで、オーガニックを中心にメニューが構成されています。インディアンペ-ルエールというオーガニックビールと、もちもちしたベーグルをこんがり焼いて、クリーミーな豆のディップと新鮮なオーガニックの野菜をはさんベーグルサンドを注文。想像以上の美味しさ!店舗で有機野菜とチーズを購入しました。201010241358000

一休みしたら、西武秩父線の高麗駅から帰宅。歩いた歩数は約18000歩。高麗の里の巡礼は、1300年の歴史に思いを馳せ、実際の歩数以上に遠くを旅したように感じました。

武蔵野巡礼その7~飯能・武蔵横手

日本全国の祭りや運動会を妨げる無念の雨で始まった3連休も、最終日は夏のような快晴に。人々は待ちかねたようにお出かけの模様。私も、ご開帳期間があと1ヶ月となった武蔵野三十三ヶ所廻りに。

ノルマは飯能の3つのお寺です。家を9時に出て西武池袋線飯能駅に10時半到着。駅前の商店街は定休日でシャッター通り、散策に来ている人たちが結構いるのにもったいないかも。

201010111047000_4駅から西に向かって商店街を15分歩くと、二十四番観音寺。慶應4年の飯能戦争で消失し明治16年に再建。 鐘楼には、鐘の代わりに白い大きな張子の象。 201010111049000_4北に天覧山を控え、紅葉の季節にはさぞ美しいことでしょう。 境内から飯能河原で水に遊ぶ人々が見えます。

201010111121000201010111124000観音寺から東南に向かい、入間川をまたいで、二十三番浄心寺。七福神のひとつ毘沙門天が有名で、学業成就商売繁盛のだるま市で賑わうそう。境内から一段高い観音堂の十一面観世音は、付近のお寺から移管されたのだそうです。

次に目指す二十五番のお寺は、公共交通機関がないに等しい位置。浄心寺のご住職に道を尋ねると、ここから歩くつもりかとけげんな顔をされましたが、ご親切に最短ルートを詳しく教えてくれました。炎天下、挫折しそうですが、飯能大橋の上から入間川を眺め、覚悟を決めてウォーキング再開。201010111138000_2

まずは飯能駅まで戻り、構内を南から北に通り抜け、商店街を歩いて、西武線と八高線が交わる東飯能駅へ。あんまり暑く、歩く人もいないので、コンビニで買ったガリガリくんをかじりながら、文教地区、住宅街を過ぎると広々と田園地帯。茶畑や田んぼが広がっています。あ、杉畑も。( ̄Д ̄;;

ほとんど会う人もなく、東飯能から約45分でようやく辿り着きました。二十五番圓泉寺201010111243000隙間から見える観音様が、いかにもご開帳の雰囲気でありがたや。201010111244000縁起によると弘法大師開基と言われていますが、記録は喪失して詳細は不明。現在の本堂は、江戸時代に再建されたものだそうです。お寺の方の姿は見えず、箱の中に300円入れて、ご朱印を押した紙と散華を頂戴しました。

201010111309000駅への帰り道に、うどん屋「青田や」で昼食。もりうどんを注文すると、あごが疲れるほど腰のあるうどんで、ボリュームも満点でたべきれず。廻りは畑しかありませんが、お客が車で次々とやってきて、なかなかの繁盛でした。

さて、東飯能駅まで戻ってきて、本日のノルマは完遂。しかし時間はまだ2時前、お天気はますます良好です。よし、もうひと頑張りして、武蔵横手の二十八番瀧泉寺に行くことにします。武蔵横手は西武秩父線で東飯能から二駅。駅から国道沿いに、高麗のほうにもどります。車やバイクがブンブン往来し、人の歩くべき道ではありませんが、国道沿いに高麗川が流れているのが救いです。 201010111430000河原の岩の上で、白鷺が水面を見つめ、まるで物思いにふけっているように見えました。

201010111432000 201010111433000 15分ほど歩き到着した瀧泉寺は平安時代に開基なのだそうです。当時は深山幽谷でさぞ静かだったでしょうが、現在は車の音がひっきりなしで仏様もお気の毒。境内にはハスの鉢がたくさん並んでいました。花が咲いたらきれいでしょう。ご朱印をお願いしたら、麦茶とお煎餅をご接待いただきました。

ところで、西武秩父線武蔵横手駅には、ヤギの職員そらとみどりがいます。以前は機械で刈っていた線路脇社用地の草を、2匹のヤギが食べてくれることで、CO2を削減しようという取り組みです。

そら(雄)とみどり(雌)はまだ1歳、夫婦になるかどうかはふたり(2匹)の気持ち次第とか。2匹のヤギさんは職務に忠実。ムシャムシャムシャムシャ休むことなく働いて(食べて)いました。私、ヤギ社員と同じ名前で光栄です!おかげでほのぼのとした気持ちで帰りましたが、1日に2万5千歩歩いたので足は棒になりました。

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武蔵野巡礼その6~入間・仏子・元加治

連休中に、武蔵野三十三ヶ所を巡りました。やっと後半です。秋になったからピッチ上げなきゃと思うけれど、やっぱりまだ暑い。とにかくまずは、西武池袋線入間駅へ。北口を出て宅地の間を下って国道を越えると、霞川が流れています。水がきれい。

201009191138000橋を渡り十八番蓮華院。広々としたきれいなお寺です。1200年頃に、新古今和歌集の寂蓮法師が開創したと伝えられています。お庭も優美なお寺です。

再び入間駅に戻り、南口のバスロータリーへ。ここは見覚えがあるぞと思ったら、3年前に茶畑を探しに来てバスに乗ったところだ。当時とちがうのは、三井アウトレットパークができたこと。続々と人が駅から降りてきて、アウトレットパーク行きのバスに乗りこみ、出発していきます。私が乗るバスは、本数少なく30分待ち。

201009191247000 バスに乗ったら十分少々で目的のバス停に着き、坂道を登ること数分、二十番龍円寺。やはり1200年頃の寂蓮由来のお寺らしいが、詳細は不明。境内からは、茶畑が広々と見渡せます。

201009191304000 龍円寺からさらに5分くらいで、十九番東光寺。ご開帳の赤い旗ははためいますが、観音様の姿が見当たらない。本堂では人々が集まり、何事か行なわれているようですが、よく見えません。なんと、ご朱印と散華は玄関の前のボックスに置かれ、まるで無人野菜売り場のようです。もう70以上もお寺を巡りましたが、こんなことは初めてです。

境内は広々として、いかにも村落の中心のお寺という風情。さもありなん、近くの小学校が開校されるまでの間は、この地域の小学校として使われていたのだそうです。住宅地として開けつつある入間ですが、茶業を中心とした農村時代を彷彿させる、お寺の佇まいです。

バスで入間市駅までもどり、お隣の仏子駅へ電車で移動。駅から二十一番高正寺は、街道沿いを歩いて数分です。途中、大きなパチンコ店がつぶれて空き家と化しているのが、街としては痛いです。お寺は、加治丘陵の北斜面の懐に抱かれるようにしてあります。201009191352000

高正寺は鎌倉時代の初期に、この地の豪族である金子氏が開創したそうです。加治丘陵は鉄を産し、金子氏は製鉄業を営んでいた豪族。加治=鍛冶を表しているのでしょう。鎌倉の山寺を思わせる風情なのは、当時の都である鎌倉を意識したのでしょうか。残暑にもかかわらず、本堂前はひんやりとした空気が漂っていました。

201009191420000 201009191421000 さて再び仏子駅に戻り、電車で隣の元加治駅へ。車内から二十二番円照寺の立派な門が見えます。こちらは寺伝によると、1205年に二俣川の戦いで戦死した加治二郎家季を弔うため円照上人が開創し、加治家の菩提寺となった古刹です。江戸幕府の庇護も受け、建築物は洗練され、境内には蓮の花咲き鯉の泳ぐ弁財天の池がありました。

以上で、6日目のノルマは終わり。まだ日は高く、体力も余っていましたから、飯能まで足を伸ばそうか・・・と迷いましたが、無理は禁物。途中で歩くのがいやになってしまったら困りますので、体力を温存して帰ることにいたしました。

武蔵野三十三ヶ所のお寺は、寺伝の継承が少なく、役所もあまり興味がないのかあえて触れないのかわかりませんが、歴史的な背景の説明が欠けています。しかしこうやってお寺を廻っていると、鎌倉時代の前後に大きな権力闘争があり、集落が形成され、産業が興っていったことが見え隠れします。以前より、埼玉県には興味をそそられてきましたが、私の中ではますます関心が高まっています。

武蔵野巡礼その5~小手指・狭山ヶ丘

201009110930000 休日の午前中、家族がまだ寝ぼすけしている間に、駆け足で武蔵野三十三ヶ所にでかけました。まだ猛暑ですけれど、栗の実は丸々と肥えてきて、確実に秋が訪れていることを感じます。

所沢で西武池袋線に乗り換え、小手指駅で下車。駅前から椿峰ニュータウン行きのバスに乗り、北野天神前で降りてしばらく歩くと十二番全徳寺があります。2010091109350002010091109360001560年開山と言われる古刹です。

全徳寺から住宅地を抜け街道筋に出て約1km歩くと、十四番妙善院。ご本尊は白衣観世音。行基の作といわれています。

201009111016000_3 201009111014000_3 201009111027000_2 境内には幼稚園があり、可愛らしい幼児たちが、山門の周りを駆け回っていました。 私もお寺が経営する保育園で育ったので、なんだか懐かしい感じがしました。境内の前の石灰で引かれた線は、幼稚園の行事のためでしょうね。

201009111037000_2妙善院から十五番松林寺まで、さらに約1km。左右に茶畑が見て、狭山茶どころを実感しながら歩きます。 そういえば以前新茶の頃に、予備知識なしに狭山茶を求めて、西武沿線を家族で彷徨ったことがありました。(⇒そのときのブログ

201009111059001_2 201009111059000_2 松林寺も立派なお寺で、境内はきれいに掃き清められていました。本堂ではちょうど法要が行われるところだったようです。そそくさと拝んでお寺を後に。201009111100000_2

日が昇り、9月とはいえ相変わらずの猛暑。さてここから狭山ヶ丘の駅まで結構あるなぁ、とくじけかけていたところにバスがやってきました。なんと、1日に4便しかないバスに遭遇です。ありがたや、ありがたや・・・。

そろそろ家族が起きて、お腹を空かせているはず。狭山ヶ丘駅で和菓子を買っていると、案の定、「朝ごはん、いや昼ごはん如何に?」という電話がかかってきました。これから帰るから、待っててね。朝からしっかり歩いて、体調は万全の週末でした。

武蔵野巡礼その4~狭山市

201008081616000 土曜に続き、日曜も武蔵野三十三霊場へ。病み上がりなので無理はしません。昼ごはんを食べた後、軽い散歩のつもりで西武新宿線に乗車。所沢を通り越して、川越の手前の狭山市まで行きます。駅に降りると、あらま、街は七夕祭り。

201008081532000お祭り広場に向かう人々を横目に見ながら10分程度で、十六番慈眼寺に到着。お寺は山門などを修復中。納経帳を預けて、観音様のいる本堂に上がらせていただきました。檀家でもないのに本堂に上がれるお寺は、札所めぐりでは初めてです。さわやかな住職ご夫婦。

201008081549000  そこから歩いて10分弱で、十七番徳林寺。またまた、新田義貞ゆかりのお寺。鎌倉攻めの際に逗留した、と言われています。数年前に、大河ドラマで紹介されたときは、いきなり参拝者が増えたそうですが、TVの影響は1週間で沈静したそうです。今どきは、TVに出るのも珍しくないものね、とお寺の奥様。観音様は、新しく作られたばかり。堂の屋根の上に鎮座する観音像にびっくり。201008081557001_2

201008081621000 近くの八幡神社も新田義貞に縁があるときき、めったにくることもないでしょうから、ついでに立ち寄ってみました。石段を登ると、風が頬をなでてゆきます。古い神社です。一望する連山は秩父の山並みでしょうか。

うろうろ境内を歩いてみますと、ありました。新田義貞が700年前に愛馬をつないだという「駒つなぎの松」。201008081626000 もう切り株しか残っていません。愛馬と言えば、先日参った山口観音十三番金乗院には、馬の像がありましたっけ。

埼玉県の人は、新田義貞を敬い大事にしてるのだなあ、ということがつくづくわかりました。私は武士の時代の歴史はあまり興味がなく、新田義貞のこともそんなによく知らなかったのですが、行く先々で出会うこの数日間で、俄かに親近感が湧きました。

武蔵野巡礼その3の2~西所沢

一旦家に帰って、新鮮野菜とお蕎麦で昼食。娘は自動車教習所に。ツレは家で仕事したいというので、今度は一人でもう一度西武新宿線に乗る。所沢で池袋線に乗り換えて、西所沢駅で下車。この駅のお寺を3ヶ所参ります。

201008071524000201008071525000まずは九番実蔵院。大火で消失して歴史は不明だが、新田義貞の次男義興の開基とも言われているので、1300年代のお寺だろうか。 聖観世音菩薩が境内に立っているのも珍しい。

201008071538000 すぐ近くに十番新光寺。ここも歴史は定かではありませんが、観音様は行基作と言われているそうです。源頼朝が鷹狩りに向かう途中で立ち寄って昼食をとったとか、新田義貞が鎌倉攻めに向かう途中に立ち寄って祈願した、とか古文書に残っているらしい。201008071545000

山門や八角堂がまだ新しくて立派です。お盆で忙しい時期ですね、というと、このあたりは昔は養蚕業が盛んで、お盆は桑の葉を収穫してから行われたので、家々で少しずつ日にちがちがうのだよ、和尚さん。東京から来た人は7月だし、旧暦でやる家もあるし、7月から8月の終わりまで、お盆関連商品がずっーと売られてる珍しい地域だそうです。

201008071617000 新光寺から国道をあるいて西武池袋線を超えると緑の木々がぐっと増えてきました。十一番普門院。開基は弘法大師。人々が水不足に苦しむのを見て東川のほとりに不動明王像を安置し祈念したのが始まりと言われています。

それにしても、所沢は広いですね。駅がいったいいくつあるんでしょ。どこまでも家が立ち並び、高層のマンションもたくさん。都会ですなぁ。廻ったお寺はみな西所沢駅から徒歩圏内で、迷子になることもなく、3つ参った割には実に楽ちんな巡礼でした。

武蔵野巡礼その3の1~東村山

先週は夏バテしたのか、食あたり。夜中に突然目が覚めて全身に発疹、嘔吐と下痢。食物アレルギーかと思って病院で検査しましたが、疑われたもののアレルギーは全て無し。軽い食中毒みたいなもんですな、体質が変るお年頃だから気をつけなさいと言われました。てなわけで何でも食べられます、元気です。

熱しやすく冷めやすい私、家でじっとしていられません。土曜の朝起きて、野菜の買出しに行ってくる、と口実を作り東村山に行きました。目あては武蔵野三十三観音札所の七番徳蔵寺。なぜ山に登るの、そこに山があるから。なぜお寺に行くの、そこに札所があるから。口実の野菜を運ぶために、娘がお供。

201008071050000 徳蔵寺は東村山の駅から歩いて15分(のはず)。駅でもらった地図を便りに歩きます。ここには毎年菖蒲祭りに来ているから楽勝・・・、と思ったら、またプチ迷子になりました。デフォルメした地図はほんと困ります。(と、方向音痴を他人のせいにする)。

徳蔵寺は、1332年に新田義貞鎌倉攻めで討ち死にした3人の武将を供養したと記された板碑が文化財として残っています。その後、1616年璧英禅師により中興開山。201008071052000 静かな住宅地の中に、きれいな門がなじんでいます。

お参りした後、八国山を右に見ながら散策。園芸店で、バジルの鉢を二つ購入。家に帰って植え替えます。カウボーイハットのおじさんが、水やり過ぎんなよ、日陰に置けよ、花が咲いたら摘めよ、とアドバイスをくれました。そうしないと、大きく硬くなるんだそうです。

そして、あちこちの農家で野菜を購入。トマト、ナス、カボチャ、キュウリ、ツルムラサキなどを購入。キャベツはもう終わり。とうもろこしもそろそろ終わりです。農家の収穫が終わるとお盆がくるのですね。この時期になると、もう夏も終わりだ・・・と夏女の私は寂しくなってきます。

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