最近の学びから

ここのところ、講演を聴く機会が続いています。最近は、講演録や議事録を、スマホでEvernoteに記録するようにしていますが、これがなかなか快適。

写真も配布資料も、なんでも放り込んでおけるし、PCとも同期とって、あとでレビューして補足もできます。ただ、講師から見ると、「アイツひとの話聴かないで、スマホでずっとメールしてる」と思われてないかな、と心配。

ロゼッタストーンが主催する理想国会という集まりの第一回勉強会でお話を聴いたのは、NPO法人環境エネルギー政策研究所所長の飯田哲也氏。自然エネルギーの第一人者として、いまや時の人。私たちが話を聴いている途中でJ-WAVEの生出演が入ったり、出版の打ち合わせのために講演が終わるまで新聞社の人が待っていたりと、マスコミでも引っ張りだこです。

今はエネルギー政策においては、幕末から維新のような時代で混乱はいたしかたない。これまで原子力発電は必要悪と言われてきたが、これから自然エネルギーに移行していくのは、技術的にも経済的にも時代の趨勢である、ということを国内外の多方面の角度から説明していただきました。

たしかに日本の太陽光発電は、世界のトップレベルだったはずですが、残念ながら相対的にその地位が退行。それは、日本の政策が、自然エネルギーについて無策のまま今日を迎えているから。世界的には自然エネルギーは、ITに続く第4の革命として投資額も増え、その中でも風力、ついで太陽光が伸び率が高いのだそうです。

エネルギーの問題は、われわれにとって非常に切実ですが、極めてテクニカルでブラックボックスな世界で、客観的な判断は素人には難しい。ともすれば、とりあえず節電すればいいんでしょ、と思考停止してしまいがちですが、こういう勉強の機会は大変ありがたいと思いました。もっといろんな話を聴いて、自分の考えをきちんと述べられるようにならなきゃですね。大人なんだから。

女神の美声に酔いしれた成城の夜

土曜日の夜、成城ホールにて、

第4回 成城響きあう街
ウクライナの歌姫 オクサーナ・ステパニュック
~祈りとともに、「愛」を歌う~

というコンサートが開催されました。成城うまれ成城育ちの友人が、街おこしで始めたイベントです。

オクサーナ・ステパニュックさんはウクライナの出身で、チェルノブイリ原発事故で汚染され危険地区に指定されたシニェワ村の出身です。出演が決まったのは2月でしたが、図らずもその後に起こった福島原発事故。オクサーナさんがどんなに胸を痛め、日本に心を寄り添おうとしているかが、ひしひしと伝わってきます。

一曲目はプログラムにはなかったが急遽加えたオープニングで、オクサーナさん自身が奏でる、民族楽器バンドゥーラの伴奏にのせて、カッシーニのアヴェ・マリア。哀しいほど美しい歌声と、民族の心を揺さぶるような楽器の音色に、震災直後の心境を思い出して、自然と涙がこぼれました。

プログラムは2部構成で、前半はウクライナの民族衣装を着た人形のようなオクサーナさんが、バンドゥーラを弾きながら、ウクライナに伝わる歌を弾き語りします。バンドゥーラという弦楽器は初めて見ましたが、弦の数が多く、とても難しそうな楽器でした。それを膝に乗せて弾きながら、高音域の歌を唄うのはとても複雑な行為に思え、目を瞠りました。

後半は、「私のお父様」など誰もが聴いたことのあるような親しみのある歌曲の数々で、来場者をとりこにしました。ゲストにテノール歌手ロベルト・ディ・カンディドも登場し、「誰も寝てはならぬ」を熱唱。二人で歌ったアンコールの「Time to Say Goodbye」は、時空の広がりを感じさせ圧巻です。

それで終わるかと思いきや、さらにオクサーナさんは「みんなで一緒にふるさとを歌いませんか」と会場に提案。マイクをもって客席の中にどんどん入っていきました。なんどもなんどもくりかえし、みんなで「ふるさと」の一番を歌ううちに、オクサーナさんを中心にして、会場がひとつになったのを感じました。

最後にオクサーナさんは、「私の歌を忘れないで。みなさんが辛いとき、悲しいとき、私の歌を思い出してください」と語りかけました。本当に心の暖かい方、感動し鳥肌がたった一夜でした。

会場を出ると、夏日でほてっていた街も夜風が心地よく、女神の美声に酔いしれた興奮覚めやらず。駅ビルのイタリアンで、ビールとマルゲリータでお喋りしてから帰宅しました。幸せな気持ちを与えてくれたオクサーナさんと、主催した友人に、心から感謝です。

「一刻も早く被災地にパンの缶詰を送る活動」ご協力の御礼

ご協力いただいた皆様

この度の東日本大震災におかれましては、被災者の皆さんに心より御礼申し上げます。また、「一刻も早く被災地にパンの缶詰を送る活動」に、多くの皆様のご賛同とご協力をありがとうございました。

大地震発生後2日めの3月13日に活動を開始して以来約1ヵ月、おかげさまで平成23年4月14日現在3,240,370円の協力金を受付けております。この資金は、株式会社パン・アキモト製造によるパンの缶詰と食パンの原材料等費用の一部に充当させていただきました。

去る4月10日には、有志の会世話人数名で株式会社パン・アキモト奉仕団に同行し、宮城県石巻市にて実際にパンを配布する活動を手伝って参りました。

石巻は現在、死者・行方不明者5,500名、住宅全壊28,000棟と、津波の被害が最も甚大な地域の一つで、壊れた家屋や健在、自動車などが散乱し積み重なって、市街地は壊滅状態です。そんな中で避難所には物資が溢れているようですが、避難所に入れず社内で暮らしていたり、自宅に留まっていたりする人々には、食料がいきわたらず辛い思いをされているそうです。

そこで我々は、日本国際飢餓対策機構の先導により、渡波地区という港や海水浴場のある海べりの町でパンを抱えて車を降り、大破した家の片付けをしている人々を居つけては、パンを配って歩きました。「どこから来たの?・・・まあ、そんなに遠くからご苦労様!」「美味しいパンを食べたかったのよ」笑顔で丁寧に頭を下げる被災者の方々に、胸が詰まりました。

この資金による義援活動の実績は、パンの缶詰765ケース(18,360缶)食パン750食です。(内訳は別表をご参照下さい。)

尚、有志の会では「一刻も早く被災地にパンの缶詰を送る活動」を、震災直後の初動プロジェクトととらえ、4月8日(金)をもって、協力金の新規受付を終了させていただきました。が、被災地ではまだまだ不自由な生活を強いられており、必要な物資を必要なタイミングで継続的に支援することが大事と考えられます。協力団体である認定NPO法人環境リレーションズ研究所では、引き続き被災地に向けて義援物資を送る活動を行っていますので、ご協力をよろしくお願いします。(詳細はfacebookページ http://www.facebook.com/kyukancho でお知らせします。)

本来ならばお一人お一人、お伺いしお礼を申し上げるところですが、取り急ぎ書面にてお礼を申し上げることをお許し下さい。末筆ながら、余震もまがまだ続いておりますので、くれぐれもご自愛下さいますようお祈り申し上げます。

平成23年4月15日

「一刻も早く被災地にパンの缶詰を送る活動」有志の会
世話人代表 田子みどり

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

(別表)活動実績 平成23年4月14日現在

◆協力金 3,240,370円  

◆義援物資

・パンの缶詰 1ケース=100g入り24缶(通常小売価格:370円/缶)
・食パン(通常小売価格:2,000円/食)

3月13日 日立電線の輸送車に託して パンの缶詰40ケース
3月14日 防衛省関係者からの要請で練馬駐屯所 270ケース
3月14日 黒磯消防本部 5ケース
3月15日 大田原消防本部 10ケース
3月15日 日本国際飢餓対策機構 10ケース
3月16日 矢板消防本部 6ケース
3月21日 防衛省関係者からの要請で練馬駐屯所 35ケース
3月22日 さいたまアリーナ(避難所) 39ケース
3月22日 日本国際飢餓対策機構(仙台市、石巻市) 30ケース、食パン300食
3月28日 日本国際飢餓対策機構(仙台市、多賀城) 200ケース、150食
4月10日 日本国際飢餓対策機構(石巻市) 120ケース、300食

合計 パンの缶詰 765ケース(18,360缶)、食パン750食

以上

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3・11震災その後(2)-石巻へ

一ヶ月前に発足した「一刻も早く被災地にパンの缶詰めを届ける活動」有志の会。きっかけは、大地震発生後二日目の朝、美味しくて備蓄になるパンの缶詰を発明し開発した株式会社パン・アキモトの社長に、地震お見舞のメールを出したことでした。

那須に本社のある秋元社長からは、大きな業務用オープンがずれてガス管が切断したが、今朝復旧したのでこれからパンの缶詰めをフル生産して、被災して飢えている方々に一刻も早く届けたい、ということでした。そして、この大災害において、パン・アキモトだけで拠出できる数はしれている、みんなで支援してくれないか、ということでした。

この二日間、オロオロするばかりでなにも役立ててない自分に、不甲斐ない思いをしていた私は、早速、経営者仲間に意見を聞いてみました。すると1時間後には10人くらいの賛同が集まっていました。みんな、すぐにでもなにかしたい、でも術がない、とくやしい思いをしていたのです。

そこで秋元さんには、こちらで資金集めをするので、とにかく生産と運送の手配に専念していただくようお願いしました。翌日の深夜には自衛隊の手に渡り、福島県の被災者へと渡されました。

一方私達応援団は、関東ニュービジネス協議会(NBC)のメンバーを中心に、メールで協力依頼を流すとともに、twitterやFacebookで経過を報告。友達の輪もひろがり、たちどころに約100名の方々から300万円の資金が集まり、そのお金はパンを作るための原資にあてました。

パンの活動は初動の支援ととらえていますから、支援金募集は4月8日で一旦締め切りました。結果的に約1ヶ月間で拠出したパンの缶詰は約2万缶、半月たった頃から生の食パンも加わりました。こういうときに、食パンは国民食として定着していると実感します。美味しい食パンが食べたい、とは何度も耳にした言葉でした。

さて、去る4月10日(日)、この活動資金による最後の拠出として、パン・アキモトの社員の皆さん、有志の会の仲間と一緒に、石巻に義援活動に行ってまいりました。6時40分東京発の始発新幹線で那須塩原に移動、そこからマイクロバスにたくさんの物資を載せ、高速道路で一路石巻市内へ。避難所は物資が溢れているということでしたので、食料が廻らない自宅難民の方々を、日本飢餓対策機構のスタッフの方々と、個別に訪問して、パンの缶詰や食パン、お菓子、チーズ、イチゴなどを配って歩いたのです。

そこで見た津波の爪あとの被害の大きさは、筆舌しがたいものがありました。そこがかつて住宅街であったとは想像し難い、あり得ない光景です。それでも道が整備され、車が走り、スニーカーで歩けます。ずいぶんな進歩なのでしょう。直後はいかばかりだったかと想像すると、胸が詰まって言葉が出ません。

これから私達にできることは、しなければならないことはなんなのか。石巻で過ごしたたかだか数時間の奉仕活動すら、私はまだ自分の中に消化しきれていません。このうえたくさんの試練を、どう考えればいいんでしょうか。少なくとも他人事ではなく、自分達の試練として、考えて議論して、少しでも行動しなければなりませんね。

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3・11震災その後

10日ぶりのブログです。

3月11日午後2時46分三陸沖を震源地とするM9.0の大地震。その後の大津波。さらに福島原発の事故。これでもかというほどの大災害が連続的に起こりました。あまりの出来事の連続に、生きていることを感謝する以外に、なにがあろうか、という思いにとらわれました。忙しいということもありましたが、1000年に一度と言う天災のことを、書いておく気がしないのです。

映画や本の中で、悲惨な出来事はたくさん仮想体験しました。がどれも、所詮は想像の出来事だったんだ、ということを思い知りました。そしてこの大災害においても、自分に直接にはふりかかっていない、といことが、逆に恐さを誘うのです。どうして私ではないのでしょう。次はお前の番だよと、示されているような気がして仕方ないのです。

地震が発生したとき、私はビルの5階にある青山のオフィスにいました。体験したことのないような揺れに、飲みかけのコーヒーがPCにかかってはいけないと気をとられ、コーヒーカップを持って隣の給湯室にいこうとしたら、「社長あぶない!」と、後ろから社員にむんずとつかまれました。

そのうちミシミシと音がし、壁にメリメリとヒビが入ってホコリが落ちてきました。ニュージーランドの地震が頭に浮かび、ああ、天井が落ちてつぶれてしまうかな、と一瞬覚悟もしました。社員は慌てて外に逃げ出した人と、ビルに留まった人の二つに別れ、外に逃げた人はしばらく戻ってきませんでした。

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その後の1週間の東京のパニックについては記すまでもありません。アチコチの派遣先、請負先に社員が分散していますので、毎朝毎夕メールや電話で報告を受け動向を確認する日々。一方で、被災地へ一日も早く食料を届けるための支援活動にも取り組んでいます。ひびだらけの会社の壁も、応急手当をしてもらいました。

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多くの人が、何かしていないと悶々としてしまう、と言っています。本日埼玉の創業ベンチャー支援センターに毛布を届けがてら、埼玉アリーナに立ち寄りましたら、まるでイベントのときのようにたくさんの人が集まり、物資の請け渡しや仕分けをしていました。統制のとれたボランティアの人たち。何かで役立とうと毛布や日用品を届ける人たち。みんな優しい顔をしていました。被災者の方たちが、心と身体を休めることができるといいけれど。

まだ雪の降る被災地で、暖房もなく食べるものもなく、震えている人たちがたくさんいると思います。一日も早く、暖かいところで美味しいものを食べられる日が来ますように。私もできることをしたいと思います。

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